2017年1月22日日曜日

トランプ大統領登場(2):アメリカ国民は何を求めているのか

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JP Press 2017.1.25(水)  部谷 直亮
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/48988

トランプのやっていることは、まさに後醍醐天皇だ
特権階級の巣窟と化した「ワシントン」の解体を目指す

 トランプ大統領は就任演説で、
 「政治の権限を首都ワシントンから米国民に返す」
と宣言した。
 日本では、反対勢力を無意味に挑発し、米国社会を分散するものとしてこの演説を批判する向きがある。
 だが、統計データを見れば、ワシントンが「税金に群がる貴族の街」と化しているのは事実である。
 トランプ大統領とその支持層は、王朝化したエスタブリッシュメントを打倒する叛乱勢力ということができる。

 ワシントンの状況を詳しく見てみよう。

■特権階級の貴族たちの街と化したワシントンD.C.

 2013年11月の「ワシントン・ポスト」は最新の国勢調査をもとに、驚くべき事実を報じている。
 全米の上位5%の高所得かつ高学歴の人間たちの住む地域が首都ワシントンD.C.に集中しているというのである。
 こうした都市は、ワシントンD.C.以外でも、ニューヨーク、サンフランシスコ、ボストンがあるが、その規模・集中性ではワシントンが抜きんでている。

 実際、ワシントンのある地域の平均年収は10万2000ドル(1170万円)、6割が大卒以上である。
 具体的な職業を挙げると、政治家、公務員、医者、弁護士、シンクタンク研究者、ロビイスト、その他、政府関係の仕事で稼いでいる人間、そして、これらの人間のためのサービス業だ。
 彼らは収入だけでなく、知的レベルでも他の地域の人間と断絶を感じているようだ。
 国防総省で働くある核物理学者の一家は、ワシントンを出ると、外交政策や核テロ対策について話す人がほとんどおらず、「毎日、自分が見たことだけを話している」人たちばかりだと感じるという。

 この調査は中間層の減少も示唆している。
 1970年代は65%の家族が中所得地域に住んでいたが、40年後には42%に減少している。
 他方、豊かな地域に住む家族の割合は7%から15%と2倍に膨らみ、貧困地域に住む家族も8%から18%に増えた。

■なぜワシントンが貴族の街になったのか

 かつてワシントンには、測量士、インテリアデザイナー、教師、エンジニア、整備士、理髪師、保険代理店、バスの運転手など広がりをもった職種の人たちが住んでいた。
 だが、2000年頃よりワシントン一極集中の現象が急速に進んだ。
 その結果、ワシントンD.C.で高学歴高収入人口が10万人以上も増え、特定の職業の住人ばかりになってしまった。
 トランプ大統領の支持基盤である米共和党保守派はこうした状況について、
 「ワシントンD.C.が、税金を無駄遣いして私利私欲を貪る官僚と、彼らと結託して不当な利益を手にするマスメディア・有識者・ロビイスト・業者の巣窟」
になっていると批判する。
 トランプ支持者たる保守層の多くは、ワシントンD.C.には増税の挙句の恣意的な配分とその結果による不当な富の蓄積がなされていると怒っているのだ。

 一方、ワシントンD.C.側のマスメディアや有識者は既得権益を守るべく、
 トランプの支持者たちを「レイシスト」「プアホワイト」と批判し、トランプ政権誕生をやっきになって回避しようとしたというわけだ。

■シンクタンクとロビイストを“撃退”

 では、トランプ新大統領はワシントンの利権構造をどのように破壊していくのであろうか。
 既に明らかになっているのは、
★.第1にシンクタンクの政権からの排除である。

 トランプ大統領の最側近であるバノンおよびクシュナー上級顧問は、「シンクタンクは(腐敗した)ワシントン文化の極み」と見なしている。
 これを証明するかのように、トランプ政権では、研究者や学者の入閣や政権移行チームへの参画がほとんどない。
 閣僚クラスでは、ピーター・ナバロ国家通商会議議長ぐらいだし、ヘリテージ財団だけが前所長を筆頭に政権移行チームに多数送り込んでいるが、他の共和党系シンクタンクはほとんど参画していない。
 そのヘリテージ財団とて、現状ではほとんど政権内には入っていない。

★.第2は、ロビイストの排除である。

 2016年11月、ペンス副大統領は、政権移行チームからすべてのロビイストを排除することを命じており、実際に何人も脱落している。
 また、トランプ大統領は退任5年間は、閣僚のロビー活動を禁じた他、ロビイストの活動を規制すると繰り返し指摘している。

 おそらく、この種の施策が「ワシントンの税金に群がる利権」を破壊すべく次々行われていくことは間違いない。
 なぜ、このようなことになってしまったのだろうか。

 この点に関し、安井明彦氏(みずほ総合研究所政策調査部長)は、ブッシュ政権の対テロ戦争、続くオバマ政権の金融政策と医療制度改革による政府組織と予算の拡充が、ワシントンを一気に全米一の「上流階級」の街にしたと指摘している(「米国で問われる政府のマネジメント―『決められない政治』の先にあるもの―」、みずほ総合研究所『今月の視点』2013年12月1日)。

■鎌倉幕府はなぜ滅びたのか

 こうした現象は日本の歴史においてもみられた。
 筆者は、トランプ大統領は後醍醐天皇であると位置づけたい。
 歴史学者の細川重男氏は、その著書『鎌倉幕府の滅亡』(吉川弘文館、2011年)において、モンゴルや朝廷をも撃破した無敵の鎌倉幕府が滅亡した理由を次のように説明している。

鎌倉幕府支配層たる北条氏やその家臣で構成される幕府官僚の「貴族化」が進む一方で、御家人たちがこれらの「貴族」に軍事的・経済的に搾取され、困窮していった。
 そうした中央のエスタブリッシュメントの増長を、「異形」の後醍醐天皇を中核とする、悪党等の地方の草の根勢力および幕府の意思決定から排除された御家人達が倒した、というわけだ。

 これはまさしくトランプ政権誕生の構図と同一ではなかろうか。
 トランプ政権が「建武の新政」のようにあっけなく崩壊するかどうか、それは分からない。
 確かに不安要素はいくつも抱えており、その可能性もあるだろう。

 最近の研究では、建武政権崩壊の理由を「後醍醐天皇は『異形』として振舞うことで、カリスマ性を獲得しようとしたものの、結局、それは政権を維持できるほどのものでもなかったし、また恩賞給付の遅れが武士たちを離反させた」(『南朝研究の最前線』呉座勇一編、洋泉社、2016年)としているが、これはある意味、トランプ政権に対して示唆的ではなかろうか。

 ただ、米国民の間に、ブッシュ、オバマ政権下で肥大化した、税収入を基盤とする既得権益化したワシントンへの怒り(=「不公正」への怒り)が渦巻いていることは確かである。
 それを叩き潰そうとしているトランプ大統領は、まさに現代の後醍醐天皇と呼べるのではないだろうか。



東洋経済オンライン 2017年01月25日 桑原 りさ :キャスター
http://toyokeizai.net/articles/-/155269

現地取材で分かった「トランプ支持者」の正体
実は8年前のオバマ支持者と共通点がある

 率直に言う。
 筆者は、昨年11月の米大統領選挙でドナルド・トランプ氏が勝利したことが腑に落ちていなかった。
 一体どんな人が、なぜ支持をしたのか。
 想像を超えた出来事であり、まったく現実感がなかったのだ。

 世界が注目するこの型破りな新大統領の誕生をアメリカはどう迎えるのか――。
 この歴史的瞬間に立ち会いたいという思いに突き動かされ、ワシントンD.C.へ向かうことにした。

 1月20日の就任式を取材しての結論。
 トランプ支持者は8年前のオバマ支持者と共通するところがあった。
 “チェンジ”を期待するムードだ。
 オバマ政権の“チェンジ”が全然効いていなかったということなのか。

■トランプ支持者を事前に見つけられず!

 実は出発の2週間前から、Facebookでアメリカの友人たちに協力を呼びかけていた。
 「大統領就任式の日にワシントンD.C.でトランプ支持者にインタビューをしたい。
 誰か紹介して!」と。
 友人たちも協力してくれて幅広く呼びかけてもらったが、なかなか見つからなかった。
 これがいわゆる“隠れトランプ”現象なのか、それとも場所と日時が限られているためなのか。

 結局、日本を出発する前にトランプ支持者を見つけることができないまま、就任式の前夜にワシントンD.C.に到着した。
 空港からは乗り合いのシャトルバスに乗り、同乗者への取材を始めた。
 南カリフォルニアから抗議デモのために来たという30代の白人女性は
 「機内の99%がデモへの参加者だったわ。
 これまでトランプ支持者には数人会ったことがあるけど、仕事があろうがなかろうが、みんなただただ“チェンジ”を求めているだけ。
 ヒラリーは信用できないと言うけれど、トランプこそ最も信用できない男なのに」
と大きなため息をついた。
 運転手で50代のカメルーン出身の黒人男性は
 「今週トランプ支持の女性を乗せたけど、『オバマはイスラム教徒で、中絶で子どもを殺すことを推進している。
 イスラム教信者は地獄へ行く。
 トランプは神の子どもだ』って本気で言うんだよ。
 でも彼女を責められない、
 保守メディアの嘘の情報に洗脳されているだけなんだ」
とよどみなく話してくれた。
 私はまだ見ぬトランプ支持者との出会いを前に、不安を抱かずにはいられなくなった。

 就任式の朝。
 会場近くの駅前で、最初に目に入ったのは静かに抗議する中年の男性。
 公式の就任式グッズを販売するテントの前で「偏見+嘘+プーチン=トランプ」と書かれたボードを持って立っていた。
 「いろいろ思うところはあるけど、こうして堂々と抗議ができるのはアメリカの素晴らしいところなんだ」
と話す姿は愛国心がにじみ出ていた。

 就任式の会場エリアに行くには、金属探知機のゲートを通過しなくてはならないが、抗議デモの参加者に阻まれて時間がなくなった。
 ゲートを通過したものの、就任式が見られるところまで辿り着くことができなかった。
 そこで、パレードが行われるペンシルベニア・アヴェニューのトランプホテル近くで、新大統領の登場を待つことにした。

■ついにトランプ支持者を見つけた!

 そこには、私がずっと探し続けていたトランプ支持者たちが大勢いた。
 トランプグッズを身にまとったカジュアルな服装の白人というのがざっくりとした共通点。
 あらゆる場所から目に入る「TRUMP」の文字に腰が引けつつ、支持者に恐る恐る声をかけてみた。
 しかし、あまりにも普通すぎる支持者で拍子抜けした。
 「取材させて下さい」とICレコーダーを向けても、にこやかに対応してくれ、物腰もやわらかくてあたたかい理想のホストファミリーという印象すら持った。

 支持者たちにトランプ氏を支持する理由を尋ねると、
 「アメリカ経済を強くするには彼の政策が必要」
 「政治屋ではなく、この国にはビジネスの力が必要だから」
 「彼こそがチェンジしてくれる」
という声が次々と返ってきた。
 一方で「ヒラリー・クリントン氏のことをどう思うか」と意地悪な質問を投げると、みんな一瞬口が止まった。
 悪口を言うことへの抵抗感が垣間見え、「本音で、率直に!」と促すと、
 「彼女は嘘ばかりで信用できない」
 「自分の欲のために大統領になりたいだけだと思う」
 「彼女では国を変えられない」
と語ってくれた。

 数時間かけてトランプ支持者30人以上に話を聞いた頃には、彼らを理解している自分がいた。
 共感はできないまでも、彼らの思考が理解できた。
 トランプ氏の勝利に嘆き、大きなショックを受けていたこの私が・・・。
 複雑な感情を抱きながら、パレードを後にした。

 就任式の翌日。
 トランプ支持者探しに協力してくれた日本の友人の紹介で、意外なトランプ支持者に話を聞くことになった。
 1993〜2015年まで共和党議員を務め、大統領選ではトランプ氏のコミュニケーションチームのシニアアドバイザーとして、メディアに度々出演していたジャック・キングストン氏(61)だ。

 ワシントンD.C.の郊外にある自宅に招き入れてくれた。
 部屋にはホワイトハウスの写真、ブッシュ元大統領やオバマ元大統領との写真などが所狭しと飾られ、家中に政治の空気が漂っていた。

 トランプ氏の勝利への感想を聞くと
 「驚いたよ、勝つとは思ってなかった。
 本人も驚いていたと思う。
 ただ、戦う価値のある戦いだと思って戦っていた」
と率直に話してくれた。

■トランプ大統領は「人をワクワクさせる男」

 勝因を尋ねると
 「"チェンジ"をメッセージとして掲げたこと。
 これまで取り残されていた人々は、ワシントン政治に嫌気が差していた。
 ヒラリー氏はまさにその政治の中心にいる人間で、彼女は"チェンジ"を掲げることに成功できなかったんだ」
と。

 クリントン氏の敗因については
 「トランプ支持者のことを哀れな人(deplorable)と見下す表現をしたのがまずかった。
 彼女のイメージは"金持ち"、"ハリウッド"。
 普通の人間、中間層の人間からかけ離れていた」
と。
 「いやいや、トランプ氏こそ超大金持ちですけど?」と私が口を挟むと、
 「彼はクイーンズ出身で、粗野で叩き上げのイメージがある。
 実際にデリで7ドルのパストラミサンドを食べ、ニューヨーク・メッツの話ができる男なんだ」
と言った。
 そんな気さくな雰囲気が工事現場の労働者たちからも慕われているそうで、キングストン氏はトランプ氏のことを何度も「人をワクワクさせる男」と表現していたのが印象的だった。

 旅の最終日。
 空港の搭乗口付近で存在感のあるトランプ支持者を発見した。
 トランプ大統領をひと目見るためにわざわざモントリオールから来たという、スペインからカナダへ移民した親子だった。

 45才の父親は、4年前まで時給35ドルでカナダの工場で働いていたが、工場がメキシコ移転のために閉鎖されて職を失ったことがあるという。
 その経験から、国内の雇用を守る政策に大賛成と。
 そこで私は「でもアメリカに工場を作ると製造コストが上昇して、商品の価格も上がって結局国民が苦しみませんか」と尋ねると、「自分が働いていた工場はメキシコに移転して時給6ドルで労働者を雇っていたが、その後も商品の値段は変わらなかったんだ」と説明してくれた。
 なるほど、そういうことなのか。
 トランプ氏の女性侮蔑発言に対しては
 「男が集まれば下品な話くらいみんなする。
 それが政治家としてダメという理由にはならない」
と言い、全く気にしていないという。
 そして最後に「カナダにもトランプのような強いリーダーが欲しい」と微笑んだ。

 機内で今回の取材をゆっくりと振り返った。
 これまで理解できなかったトランプ支持者の思考が見えてきた。
 トランプ氏を選んだのは、みんな純粋に自分や家族が幸せで豊かになることを望んでいて、それを叶えてくれそうなのが、上から目線のエリートのクリントン氏ではなく、肩を並べて横から手を差し伸べてくれそうなトランプ氏だったから。
 少しくらい危険で下品でも、今のアメリカにはトランプ氏のような"劇薬"が必要だと理解した上で選択したのではないだろうか。



JB Press 2017年1月27日  姫田小夏 [ジャーナリスト]
http://diamond.jp/articles/-/115713

トランプ政権は中国から工場と労働者を奪い返せない

  1月20日、第45代米大統領にドナルド・トランプ氏が就任した。
 もとよりその過激で理不尽な発言で支持者を減らしつつあるトランプ氏だが、この新政権の見どころといえば「製造業の行方」がその1つである。

 トランプ氏が公約として掲げたのが、米国内における製造業の復活と雇用の確保だ。
 目下、トランプ大統領はメキシコに進出した自動車工場を米本土に回帰させることに躍起だが、いずれその目は中国に向けられるだろう。
 トランプ新政権の通商チームは対中強硬路線の人事で固められているが、中でも通商政策の司令塔といわれる「国家通商会議」のトップに就いたピーター・ナヴァロ氏は常々、近年の中国の増長を批判してきたことで知られる。
 「中国が工場と労働者を奪った」とし、同氏自らが監督したドキュメンタリー映画『Death By China』で「米国の繁栄には強い製造業と雇用創出を取り戻す」と力説する。

■「ラストベルト」化は中国のせいではない

 ワシントン駐在経験のある丸紅中国有限公司の鈴木貴元氏は、
 「トランプ氏はかなり本気で米国に従来型の製造業を戻そうとしています。
 ラストベルト(錆びた工業地帯)に雇用を、と考えているのがトランプ氏です」
と話す。

 米国の北東部から中部にかけて、「ラストベルト」と呼ばれるかつて繁栄した工業地帯がある。
 鉄の街ピッツバーグは19世紀から1950年代にかけて米国最大の工業都市の1つとなったが、1960年代をピークに衰退した。2005年、工場跡地はピッツバーグ市だけでも1万4000ヵ所にのぼるとも言われる。
 70~80年代、ピッツバーグは工業から商業への大胆な構造転換への道を選択する。
 製鉄所の跡地には高層ビルやショッピングセンターが建設され、ウォーターフロントには住宅が立ち並ぶようになった。
 その一方で1970年代からの10年間で15万人が失業した。

 鈴木氏は、続けてこう指摘する。
 「ラストベルトができたのは日本との競争に敗れた部分もありますが、
 本質的には米国がサービス業に向かう中で、従来型の製造会社を自ら潰してしまったにすぎません」

 その他のラストベルトでも、ピッツバーグと同じことが起こったことは想像に難くない。
 米新政権は「中国の工場と貿易が災いを招いた」かのように主張するが、ラストベルトと製造業の衰退と雇用喪失は、時期を考えても、2000年代以降台頭してきた中国とは関係がない。
 ラストベルトは高年白人の元製造業労働者が多く、「ここに雇用を」と考えているのがトランプ氏だが、「そこには無理があるのではないか」という声すらある。

■ロボットは働く場所を選ばない
米国に工場立地を戻せるか

  「米国は自動車など一部を除いて製造業を完全に捨ててきた一面があります。
 技術は製造現場ありき、工場がないと向上しません。
 すでに根っこを失った米国が製造業を取り戻すのは困難なのではないでしょうか」
 こう語るのは日本の部品メーカーで海外営業を担当してきた日本人社員だ。

 他方、近年メキシコの自動車生産が増加しているがその背景には「人が育ってきている」という側面もある。
 「人材育成」の課題は無視できず、「高年白人の雇用」に主眼を置くトランプ政権が、どこまで本腰入れて育成に取り組むのかはまだ見えてこない。
 かつて中国は「世界の工場」として一世を風靡した時代があり、世界の企業は大挙してここに進出した。
 ところが昨今は状況が一転し、中国から日本に工場を戻す動きが続いている。
 設備投資や人材確保に時間と資金を要する工場だが、国内回帰に振れた理由は何なのだろうか。

 産業の立地に詳しい、一般財団法人日本立地センター主任研究員の久保亨氏は、
 中国からの日本回帰について次のように語る。

 「賃金の上昇などコスト以上に、日本企業は『日本で生産するメリット』を見出したと言えるでしょう。
 中国の場合は政治や制度上の問題は否めません。
 工場経営は適材適所であり、さまざまな点を総合的に判断しながら、立地したり戻ったりを繰り返す流動性の高いものだと言えます」

 その一方で、工場立地は政策で簡単にコントロールすることは困難だ。
 日本の地方都市では、工場の海外移転で空洞化した土地に、自治体がインセンティブをつけて工場誘致しても、更地のままの土地はなかなか減らない。
 ましてや「トランプの一声」で「右向け右」をさせるにも限界があるというものだ。

 仮に、米国に製造業を戻すにしても経営者がメリットを感じなければ回帰はできない。
 その判断の拠り所となるのがサプライチェーンの構築であり、技術者の確保だ。
 移民反対の立場を取れば技術者の移動も不可能となる。
 ましてや、部品のグローバル調達が常識となる中で「経済の相互依存」に背を向けようとする現政権は、早晩、その矛盾にぶち当たるだろう。

 ところで、筆者は先日、東京ビッグサイトで開催された自動車部品の展示会を訪れた。
 目の前で忙しく動いているのは、黄色いアームの「バリ取りロボット」だった。
 金型を使って鋳造をした際に、金属が型からはみ出して発生する「バリ」を、機械が上手に削っていく。
 日本のお家芸だった金型製作が日本から海外に出て久しいが、その金型は技術者による手作業から離れつつある。

 工場の自動化は日進月歩だ。
 「ハングリーな労働者」を売りにしてきた中国ですら、工場経営者はロボット投入に意欲的だ。
 ロボットなら24時間365日稼働し、何万個、何十万個の数をもこなす。
 工場経営者がコスト削減を求めて生産地をさまよう時代は終わり、「立地を選ばずどこでもものが作れる」――そんな時代の到来すら予感させるものだ。

 他方、このロボットを米製造業が自国に投入すれば、それこそ雇用が失われる。
 自動化と雇用は相容れる関係になりそうもない。

■雇用を最優先した「地産地消」という発想

 製造業の拠点を取り戻すのは米国にとって容易でないが、「そこへの取り組みは意義がある」という声がある。

 トヨタ自動車出身でものつくり大学の名誉教授である田中正知氏は「トランプ氏の発言は物議を醸すが」と前置きした上で、次のように語っている。

 「製造業と雇用を取り戻す、それは『地産地消』という発想であり、中国で安く作ってアメリカ市場で売るというこのモデルは終焉するでしょう。
 トランプ氏が発するのは、資本は動いてもいいが雇用は動いてはダメだというメッセージです。
 単に金儲けすればいいという発想は卒業し、これからは『雇用を守れ』ということです」
 産業の空洞化が進んだ日本にとっても同じことがいえる。
 日本の地方都市では就職の受け皿がなく、若年層の都市部への流出が深刻だ。
 運よく都市部で就職先を見つけても、生活に十分な所得が確保できるケースは稀だ。

 埼玉県で金型工場を経営する佐々木久雄氏は
 「せめて日本人が利用するものは日本で作り、雇用を戻すべき。
 国民生活が向上しなければ経済回復は難しいでしょう」
と訴える。

 また、前出の久保氏は、日米に共通する格差問題を懸念し、次のように指摘する。
 「日本の自動車メーカーを支える非正規雇用者は、平均年収が300万円程度であり、これでは新車は買えません。
 自分が作っている製品を買えないようでは、経済はうまく回りません」

 米自動車メーカーのフォード創業者のヘンリー・.フォード氏(1863~1947年)の思想として知られる“フォーディズム”は、「従業員には高賃金」「顧客には低価格」、そして社会には「製品を通じた貢献」を説くものだった。
 当時、フォード氏は「自社の従業員が買える車」を理念にしていたと言われている。

 しかしその後、米自動車業界では「労働者がコストに変わった」と前出の田中氏はいう。
 アルフレッド・スローン氏(1875~1966年)がGMの社長になると、財務の実態に基づいた意思決定を重視するようになったのである。
 「労働者がコスト」だという米国型のマネジメントは、日本の工場経営にも大きく影響した。

 「どれだけ実態を把握しているのか」というトランプ批判もあるが、製造業を中国など新興国から米国へ、また「儲け一辺倒」から「雇用重視」にシフトさせようというその動きは注目したい。
 地産地消という概念を打ち出したことは、実は経済合理性があるのかもしれない。



Yahooニュース 2/15(水) 0:40 津田栄  | 皇學館大学特別招聘教授、経済・金融アナリスト
http://bylines.news.yahoo.co.jp/tsudasakae/20170215-00067714/

トランプ時代は何を意味するのか?

■トランプ氏の大統領当選はたまたまか?

 トランプ氏が、1月20日に第45代大統領に就任し、その後、大統領として、支持してくれた国民のために約束したことを矢継ぎ早に大統領令として署名し、実行に移している。
 それは、昨年11月のアメリカ大統領選挙で、彼が、大方の予想に反して、本命であったクリントン候補を破って当選させてくれた(全体の得票率ではクリントン氏が勝利したが、選挙人獲得では多数を占めた)強い支持者に応えるためであるといわれる。

 ところで、なぜトランプ氏は当選したのだろうか?
 彼は、アメリカ国民の不満を代弁して過激な言動で強い支持を得、広げるという選挙戦術が、たまたま上手くいったからだという意見もあろう。
 確かに、国民の底辺には不満が充満しており、それを吸い上げた彼の言動が多くの国民の心の奥底にある心情を揺り動かしたと言えるかもしれない。

■トランプ大統領当選は必然!

 しかし、私には、彼の大統領当選は必然だったのではないかと感じている。
 それも歴史的にである。
 なぜなら、今のアメリカは、かつてのローマ帝国、漢帝国などをはじめとする強大な帝国を築いた古今東西の国々が、繁栄から衰退する過程のなかで、必ず内からの反乱が起きて、それへの対応に追われていった姿と同じように見えるからである。

 もちろん、専制政治と民主政治という大きな違いはあるが、国民の支持あっての政治であり、国である点は変わらない。
 そして政治の多くは経済的問題の影響を強く受ける。
 どういった帝国でも、あるいは今の民主主義のアメリカでも、内向きの政治に切り替わるには、中産階級の衰退・没落、貧富の格差の拡大、新興国の台頭など根本的な経済問題が底辺にあることは共通している。

■過去の大国で起きたことが、今アメリカでも・・

 ローマ帝国にしても、漢帝国にしても、領土を拡大していく中で、異民族を取り込む際には、宥和政策を行い、拡大路線を採っていた。
 そのことで、多様性が認められ、経済成長につながったといえる。
 もちろん、拡大する中では、数多くの戦争が行われ、戦費が膨らむが、中産階級が健全のうちは問題が起きなかった。

 しかし、周辺国を取り込むことは、自国の基準を認めさせるということで一種のグローバル化であるが、そのことが遅れていた周辺国を新興国として成長させることにもなり、反面安いものが流入することで本国を苦しめることにもなったはずである。
 そして、それが中産階級を経済的に苦しめ、彼らが没落し始めると、膨大な戦費を賄えなくなり、拡大にも限界が来て維持することが困難になった。
 一方、富める者が既得権益の拡大に走って益々富を得、没落した中産階級を含めて多くの貧困層が生まれるなど貧富の格差が拡大していったといわれる。

 そうした貧困層の不満が反乱や騒乱など社会的な不安につながって、政治は内向きにシフトせざるを得なくなった。
 いわゆる自国第一主義である。一方周辺国への対応が手薄になるとともに、国内の不満を和らげるために異民族に対して厳しくなっていったことで多様性を失い、周辺国との対立が激化し、浸食されて、領土を維持することが難しくなり、結局崩壊していったと言える。

 そして、現在のアメリカに転じると、今回の大統領選挙で、アメリカでは、中産階級が衰退、没落し、多くの人が下層に追いやられているとともに、所得格差、貧富の格差が拡大していることが、あらためて露わになったと言える。
 そして、特に、経済のグローバル化の進展していく中で、国際競争力を失い、倒産、撤退などで衰退した、かつて繁栄していたアメリカの中央部の工業地帯(ラストベルト(さびついた工業地帯))に取り残された人たちが、中産階級から没落して貧しくなったことで、強い不満を持っていたことである。

 それは、経済のグローバル化によって、アメリカの基準が世界を支配してしまうと、賃金の安い新興国が労働集約的な産業を奪い成長する一方、そうした産業に従事していたアメリカの中産階級の労働者、特にかつての古き良き時代を経験してきた白人層は、職を失い、移民により職を奪われ、より低賃金の仕事に従事せざるを得なくなったりしたことで、経済のグローバル化反対、移民反対、それがTPP反対、NAFTA見直しにつながっているとも言える。
 また、世界の警察官としての軍事費負担にも限界が来ているために、海外駐留の費用を同盟国に求め、もっと国内への投資を望む国民の声が大きくなったのも当然と言える。

 しかし、これまで支持してきた民主党政権、あるいはニューヨークなどの中央のエスタブリッシュメントの共和党は、そうした不満や声に応えられずにいた。
 そこに、トランプ氏が登場し、これまでの経済のグローバル化政策や移民政策などとは真逆の内向きの政策を打ち出したことで、不満に応えてくれそうだということから多くの国民が反乱をおこし、トランプ氏に支持が集ったと言われる。
 もちろん、それは一面的な見方であるが、
★.多くの人が積極的に民主党を支持しなかったことは、これまでの政治への不満が表れたとも言えるのではないだろうか。

■トランプ時代を意味するものは?

 こうして見てくると、今のアメリカは、かつての大帝国を築いたローマ帝国や漢帝国が没落していく姿に似ているように見える。
 つまり、拡大に限界が来て、疲弊した国内の不満から内向きへの政治に変わっていく今のアメリカは、かつての大帝国が他国を取り込むような世界に通用するグローバル的な理念を失い、普通の国に向かい、協調から対立する中で衰退していった過程にあると言えるのではないだろうか。

 もちろん、全く同じ道を歩むわけではない。
 もしトランプ大統領が、成長の原動力である国際協調の中でのオープンな資本主義をやめて保護主義に向かい、移民を制限してイノベーションの源泉となる多様性を否定することになれば、
 アメリカは、いずれ成長できなくなって衰退していくのではないだろうか。
 その点で、他国との対立のなか侵略を受けて崩壊し、滅んだローマ帝国や漢帝国とは違う、平和的な衰退の道を歩むことになろう。

 そう考えると、歴史的にこうした大きな視点で見て、トランプ大統領の登場は、世界を席巻した強国がたどる衰退の道で、そうした方向に向かわせるリーダーとして必ず生まれる存在ではないだろうか。
 その意味で、これからの
★.トランプ時代は、アメリカがこれまでの超大国から普通の国に移っていき、
 ゆるやかながらも衰退していく時代の始まり、
 アメリカ時代(パックス・アメリカーナ)の終わりの始まりということになる
のではないだろうか。
 そして、この結果として、世界の政治経済は大きく変容していくであろうが、それは、また次の機会に書きたいと思う。



【2017年 大きな予感:世界はどう変わるか】





●堤未果 トランプの勝利は当然の結果だった!?
米国でトランプ旋風が巻き起こった原因を解明する!



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