2017年6月15日木曜日

共謀罪:テロ等準備罪新設へ 論点整理Q&A

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毎日新聞2017年6月15日 東京朝刊
https://mainichi.jp/articles/20170615/ddm/010/010/013000c

共謀罪:テロ等準備罪新設へ 論点整理Q&A

■刑事法、大きく変容

 「共謀罪」の成立要件を改めたテロ等準備罪を新設する組織犯罪処罰法改正案が成立することで、日本の刑事法のかたちが大きく変わる可能性がある。
 改めて法律の内容と論点を紹介する。

 犯罪を計画段階で処罰する「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ「テロ等準備罪」を新設する組織犯罪処罰法改正案について政府は「国際組織犯罪防止条約」を締結するために必要と主張する。

 Q 条約の内容は。

 A 国境を越える薬物や銃器の不正取引などに対処するため、締結国に重大犯罪の合意(共謀)やマネーロンダリング(資金洗浄)を犯罪化するよう義務付けています。
 2000年に国連総会で採択され、日本の国会では03年、民主党(当時)や共産党も賛成して条約が承認されましたが、現在も締結されていません。

 Q 各国の締結状況は。

 A 187の国・地域が締結済みで、まだなのは日本やイランなど11カ国です。政府は20年東京五輪・パラリンピックを控えたテロ対策を前面に出し、締結の必要性を訴えています。

 Q テロ対策が条約の目的か。

 A 民進、共産両党は、マフィアなどによる経済的利益を得るための犯罪を防ぐのが目的で、政府は国民に誤った印象を与えていると批判しています。
 政府は条約の起草段階からテロと関連付けて議論されてきたと反論しました。

 Q 共謀罪がないと締結できないか。

 A 条約は共謀罪か組織犯罪集団への「参加罪」のうち、少なくとも一方を犯罪化するよう求めています。
 政府は特定の犯罪と結び付かない行為を処罰する参加罪は法制度になじまないと判断する一方、現在でも一部の犯罪には似たような規定があるため、共謀罪を選択しました。

 民進党などは、必要な犯罪ごとに実行着手前の行為(凶器の準備など)を罰する「予備罪」の規定を設ければ締結できると主張。
 政府はそれでは合意を犯罪化したことにならないため「条約の義務を履行できない」としています。

 Q 他国の対応は。

 A 経済協力開発機構(OECD)に加盟する35カ国のうち、
 共謀罪や参加罪を新たに作ったのはノルウェー、オーストリア、カナダ、ニュージーランドの4カ国です
 日本を除く他の30カ国は既に国内法で両方またはいずれかの罪が規定されていたので、新たな法整備はしていません。

 Q 条約にメリットは?

 A 個別に条約を結んでいない国と外交ルートを通さずに捜査協力ができるようになります。
 犯罪人引き渡しについても実効性が高まると期待されています。

対象犯罪は277

 Q 対象犯罪は、当初の政府案から半分以下に絞られた。
 何を基に決めたのか。

 A 政府が締結を目指す国際組織犯罪防止条約は、4年以上の懲役・禁錮を定めた「重大犯罪」の合意(共謀)を犯罪とするよう求めています。
 政府は日本の法律に当てはめて当初676としていましたが、今国会に提出された法案では過失犯などが除かれ、277に削減しました。

 Q なぜ。

 A 公明党から「対象が広すぎる」と指摘されたためです。

 Q 政府は過去に対象犯罪は削減できないと主張していた。

 A 条約の規定を理由に「犯罪の内容に応じて選別できない」とした答弁書を05年に閣議決定しています。
 しかし、過去の法案が「団体」としていた適用対象を今回の法案は「組織的犯罪集団」に変更しました。
 その結果、そうした集団が計画することが現実的に想定される犯罪に限定することができたというのが政府の論理です。

 Q 残ったのはどのような犯罪か。

 A 政府は
 (1)現住建造物等放火といった直接テロの手段になり得る犯罪
 (2)薬物関連
 (3)人身に関する搾取(児童買春あっせんなど)
 (4)その他資金源(組織的詐欺など)
 (5)司法妨害
--の五つに分類しています。

 Q 公職選挙法や政治資金規正法は対象外になっている。

 A 政府は「組織的犯罪集団が関与することは現実的に想定しがたい」としていますが、野党は「マフィアなどが政治家らと深く結び付いて経済的利益を得るのは常識だ」と指摘しました。

■「通信傍受」を懸念

 Q 「テロ等準備罪」が新設されれば、捜査権限は大幅に拡大される。
 警察や検察の受け止めは。

 A 適用要件が厳しいとして、暴力団捜査などに限って有効との見方がある一方、摘発できなかった犯罪捜査に活用できるとの声も出ています。

 Q 捜査はどの段階で始まるのか。

 A 構成要件の一つである犯罪実行の「準備行為」がないと、逮捕や家宅捜索などの強制捜査はできないと政府は説明しています。
 一方、裁判所の令状が必要ない任意捜査は必要性や手段の相当性が認められる範囲で、準備行為より前の段階で実施できるとしています。
 ただ、任意であっても具体的な容疑がないのに捜査することは許されないとも答弁しています。

 Q 任意捜査とは。

 A 民進党は国会質問で、クレジットカードや出入国、銀行口座の履歴照会などを例として挙げました。
 警察庁幹部は任意捜査として「あり得る」と答えました。

 Q 「一般人」は捜査の対象にならないと政府は強調しているが。

 A 通常の社会生活を送っている人は組織的犯罪集団に関与することは考えられず、捜査の対象にはならないというのが政府の説明です。
 民進党は関与しているかどうかは捜査してみないと分からないので、捜査対象になるのではと指摘しました。

 Q 捜査は簡単ではなさそうだ。

 A 合意(共謀)を立証する材料を集めるのは困難です。
 そのため警察内部では、捜査で電話やメールを傍受できる対象に「共謀罪」を加える法改正に期待する声もあります。

 Q 昨年12月に改正通信傍受法が施行され、対象犯罪が拡大されたばかりだ。

 A 傍受にはプライバシー侵害との懸念が付きまとうため、政府は「テロ等準備罪」に伴って、新たな捜査手法を導入する予定はないと繰り返しています。
 ただ、警察当局は、暴力団事務所などの犯罪拠点に機器を設置する「会話傍受」の導入も検討課題としています。
 野党は捜査権限が大幅に強化され、監視社会につながると懸念を表明しています。

■計画段階で処罰

 Q 成立で、多くの犯罪を計画段階で処罰することが可能になる。
 適用対象は。

 A 「組織的犯罪集団」と規定されています。
 テロリズム集団が例示され、政府は暴力団や振り込め詐欺集団なども挙げています。

 Q 何をすれば処罰されるか。

  A 組織的犯罪集団の構成員らが2人以上で犯罪を計画し、少なくとも1人が実行のための「準備行為」をしたとき、計画に合意した全員が処罰されます。

 Q 同僚と酒を飲みながら「あいつを殴ってやろう」と話せば、計画したことになるか。

 A 政府は「具体的かつ現実的」な計画であることが必要で、そうした行為は当たらないと説明しています。

 Q 準備行為とは。

 A 「資金または物品の手配」と「関係場所の下見」を例示。
 犯行手順の訓練や標的の行動監視も含まれ、それ自体が危険な行為である必要はありません。

 Q 日常生活の一場面なのか準備行為なのか区別できるか。

 A 野党からは「判断するには内心に踏み込まざるを得ない」との指摘が出ています。
 政府は「携帯品などの外形的な事情から区別され得る」と答弁しています。

 Q 過去に3度廃案になった法案との違いは。

 A 過去の法案は適用対象を「団体」とし、準備行為の要件もなかったため、一般市民が話し合っただけで処罰されるとの批判を受けました。
 政府は、かつても解釈では組織的犯罪集団が適用対象だったが、今回は法律に明記し、対象がより明確になったと説明しています。

 Q 拡大解釈の恐れは。

 A 組織的犯罪集団と認定するには、メンバーが犯罪の実行を目的に結び付いている必要があります。
 政府は裁判所のチェック機能もあり、一般の会社や市民団体、労働組合などは対象にならないとしています。
 民進党などは、正当な団体でも捜査機関の恣意(しい)的な判断で組織的犯罪集団に認定され得るとしています。

 Q 犯罪実行前に自首した場合は刑を減免する規定もある。

 A 「密告を奨励する」との批判が出ました。
 政府は
 「犯罪の甚大な被害を防ぐために設けている。
 国民の一般的な社会生活とは無関係」
と反論しました。



ダイヤモンドオンライン 2017.6.20 上久保誠人:立命館大学地域情報研究所所長
http://diamond.jp/articles/-/132343

“共謀罪”を無修正で通した野党の国会対応は「0点」だ

 「共謀罪」の構成要件を改めて「テロ等準備罪」を新設する改正組織犯罪処罰法が、参議院本会議で採決され、自民・公明両党と日本維新の会などの賛成多数で可決・成立した。
 2015年の「安保法制」の成立に続き(本連載2015.9.19付)、民進党・社民党・共産党などの野党は、法案の「廃案」を求めて、国会で徹底的に抗戦した。
 また、国会の周辺では、反対を訴えている人たちが、「強行採決絶対反対」と抗議の意思を示していた。
 しかし、「安保法制」に続いて、法案は事実上「無修正」で国会を通過してしまった。

 本稿は、今国会における野党の対応を「0点」と厳しく批判せざるを得ない。
 「テロ等準備罪」を新設する法案が、問題の多いものだということは言うまでもない。
 277ある処罰対象の罪のうち、テロに関連するものは110しかない。
 国民の大多数が、不安に思っているのは明らかだろう(2017.4.11付)。
 しかし、それらは1つも削られることなく、無修正で国会通過し、法律として成立してしまったのだ。
 この責任は、野党の側にある。

 安倍政権は、国政選挙で4連勝し、衆参両院で圧倒的多数の議席を獲得している(2016.7.19付)。
 政府提出の法案は、国会で可決するのが当然であり、また民主的な正当性もあるのだ。
 野党が廃案を求めるのは、非現実的である。
 野党は、法律の成立は仕方ないものとして、国民の不安をできる限り払拭するため、与党と協議に臨み、法案の修正を全力で求めていくべきではなかったか。
 さらに言えば、法律の成立を前提として、その法律の運用を厳しくチェックするための「対案」を提示する「第3の道」があったのではないかと考える。

■フランス式でもイギリス流でも
テロは防ぎきれなかった

 フランス、ベルギー、そして英国でテロが連続して起こっている現実が示すことは、この連載が紹介した、「テロ対策は英国流かフランス流か」(2017.5.23付)ということを論じる次元を超えてしまったということではないだろうか。
 まず、「目に見える形での治安維持の強化」によってテロを抑止するという方法は無力だといえる。
 自動小銃をもって武装した憲兵や警察を主要駅や街頭に立たせて警戒しても、それだけではテロは防げない。
 それは、ISのテロの最大の攻撃目標となっているフランスを見れば明らかだ。

 2015年1月に起きた風刺週刊誌シャルリー・エブド襲撃事件を契機にして、頻発するテロに対抗するため、既存の軍隊、警察組織に次ぐ新たな治安維持組織として「National Guard(国家警備隊)」を新設するなど、徹底的なテロ対策をとった。
 しかし、2015年以降、238人がテロの犠牲者になっている。
 要するに、自動小銃を持った警官を街に並べても、テロ組織が事前に集会を開き、同時多発テロを実行したら手も足も出ないのだ。
 それでは、事前にテロを察知する体制を構築したらどうか。

 英国内には約420万台の監視テレビ(CCTV)が設置されている。
 ロンドン市民が普通に生活していると、1日に約300回監視テレビに捉えられる。
 携帯電話やPC、ラジオ、電子切符「オイスター」などから得られる様々なデジタル情報を組み合わせて、特定の人物の所在を高精度に追跡できるデータベースも構築している。
 犯罪人データベースには、約400万人分のDNAサンプルを所持している
 地方自治体、刑務所、保護観察、福祉部門の職員、学校や大学の教員、NHS(国家医療制度)の医師、看護士は、過激化の兆候を見つけたら当局に報告することが義務付けられており、情報機関と警察の間の情報交換も綿密に行われている。
 英国はこのような「監視社会」を築いて、過去4年間で13件の大規模テロを未然に防ぎ、常に500件を調査対象としているという。
 要注意リストには約3000人が掲載され、別の300人を監視下に置いている。

■テロを完全に防ぎたければもはや
「内心の自由」を制限するしかない

 これだけの厳重な監視体制を築けば、フランスのような自動小銃を乱射する同時多発テロが起きることはない。
 だが、それでもテロは起きてしまった。
 ロンドンやマンチェスターのテロを起こした犯人については、自爆テロを賛美するなど「過激な言動」を繰り返していたという情報が、英情報局保安部(MI5)など治安当局に何度も提供されていたのだという。

 しかし、いくら過激な言動があったとしても、それだけで不審な人物を逮捕はできなかった。
 その人物が仲間と集まって集会を開いたりする「組織的な動き」を見せることがなく、銃器などの武器を購入したりすることもなければ、警察は動きようがないのだ。
 そして、自宅元々あるナイフをもって暴れたり、自家用車に乗って、突如群衆の中に突っ込んだり、自宅で作った手動爆弾で自爆したりされると、対応のしようがなかったのである。
 要するに、欧州の事例が明らかにすることは、
★.テロを完全に防ぎたければ、
 過激な言動があったと警察に通報があった時点で、即座に拘束・取り調べができるようにするしかない
ということだ。
 つまり、「内心の自由」という人権を制限するしか、テロを防げないということなのだ。
 実際、英国のテリーザ・メイ首相は、「人権保護規定を修正してでも過激派の摘発を強化する」と表明した。
 テロ対策と人権保護の関係は、あらためて考え直してみる時期にきているのだ。

■テロを完全に防ぎたい日本人には
「内心の自由の制限」論議が必要だった

 日本の国会で「テロ等準備罪」を審議する際、本当に重要だったのは、この「欧州の現実」を直視することだったのではないだろうか。
 現在のところ、日本は国際テロリストの関心の対象にはなっていないかもしれない。
 また、テロが起きるとすれば、それは安倍晋三首相の「好戦的」な態度のせいであり、首相が退陣すれば、日本は元の「平和国家」に戻り、テロは起きないという主張もあるかもしれない。
 しかし、これらはなにも根拠がない、ただの希望的観測に基づいた考えに過ぎない。
 今後、日本はラグビーW杯、東京五輪、そして万博の誘致など、国際的大イベントが次々と控えている。
 「カネが切れれば、またカネがいる」のバラマキを繰り返すアベノミクスをずっと続けるならば、国際イベントを次々と獲得し続けなければならなくなる。
 そして、国際イベントが続けば、テロリストに日本が関心を持たれるようになり、テロの標的になるかもしれない。
 少なくとも、テロの標的となっている国の人たちが、多く日本にやってくることになる。
 今後、日本がテロと無縁だと、なにを根拠に言えるだろうか。

 このような状況で、日本人の大多数が、完全なテロ対策を求めているのはいうまでもないだろう。
 例えば、フランス人のような、人権意識、民主主義についての意識が高い人たちならば、「内心の自由」を死守するために、結果としてテロが起きても、潔く受け止めるのかもしれない。
 なにせテロが起きた直後に、メディアがテロの原因となった「風刺画」を堂々と掲載し、果ては風刺画のコンテストまでやってしまうような国だ。

 しかし、日本人の感覚はフランス人とは違う。
 日本人は「テロは2万%防いでほしい」と願っているといっても、決して大げさではない。
 「民主主義という価値を守るために、テロが防げなくても受け入れる」というのは、リベラル系の「プロ市民」のような人を除いては、日本にはいない。
 多くの日本人は「お上意識」が強い。
 「民主主義」か「安全」か、どちらかを選べといわれたら、ためらいなく安全を選ぶ。
 「お上」から徹底して独立した個人になるよりも、
 「お上」に守ってもらいたいという意識が強い。

 国民が完全なテロ対策を求めるならば、欧州の事例に倣えば、「内心の自由」という人権を制限してでも、テロを防ぐことに、踏み込まざるを得ないのかどうか、国会で真剣に検討する必要があったのではないだろうか。

■人権に踏み込むなら人権侵害を防ぐ
チェック・アンド・バランスが必要不可欠だ

 権力が「内心の自由」という人権に踏み込むと、なし崩し的に人権侵害が拡大し、戦前の治安維持法のような悪夢が再び起こるという主張がある(2013.12.6付)。
 しかし、それを防ぐ方策がとられている事例が世界にはある。
 英国は「監視社会」が構築されているのだが、政府や警察が市民の人権を簡単に制限できるわけではない。
 英国には、1998年制定の「データ保護法」で規定された「情報コミッショナーオフィス」という個人情報保護の監督機関と、2012年の「自由保護法」に基づいて設置された「監視カメラコミッショナー」という監視カメラの監督機関の、2つの監督機関がある、
 いずれも、政府や警察、諜報機関が市民の人権を侵害することがないよう、政府から独立して監視する「第三者機関」である。
 これらは、公共空間において犯罪と無関係な一般市民を常時撮影することに強く反対する市民団体の動きに、政府が対応して設置されたものである。
 日本でも、人権侵害を防ぐために、「テロ等準備罪」の廃案をひたすら求め続けるのではなく、「第三者機関」の設置により人権を守るという提案が、野党側と市民運動からあってもよかったのではないかと思う。

 本稿も、「テロ等準備罪」のようなものは、できればないほうがいいと考えている。
 しかし前述の通り、テロの恐怖は日本に迫っていないと言い切ることはできない。
 テロ対策は現行法を基に、現行の体制で十分という主張は、全く説得力がないと思う。
 現代社会は、人権を守るために、権力が市民を監視するようなことを一切許さないというような、理想的な状況にはない。
 人権侵害が起きる懸念があるような、厳しい安全対策を取り、一方で人権侵害を厳しく監視するというような、チェック・アンド・バランスをどう社会の中で機能させるかを考えることが重要ではないだろうか。

 米国にドナルド・トランプ政権が誕生した時、大統領が公約通りにすべてを実行したらどんなことになるかと世界中が恐れた。
 しかし実際は、米国の厳格な三権分立が効果を発揮し、大統領の公約は、議会や司法の高い壁に阻まれている(2017.1.24付)。

 日本でも、ただひたすら理想論を訴えるだけではなく、どのように権力に実質的な歯止めをかけられるか、それにはどのような政治・行政の制度設計をするか、現実的に考える時にきているのではないだろうか。







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