2017年6月23日金曜日

中国の権力闘争(2):最後の皇帝か? 習近平

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JB Press 2017.6.22(木)  川島 博之
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/50278

皇帝・習近平の野望とは?
中華思想が甦る中国
2017年は、習近平独裁体制が確立される歴史的な年に

 1週間にわたり中国各地を訪問して、多くの人々から話を聞くチャンスに恵まれた。
 そこで得た感触を一言で言い表せば、
★「皇帝・習近平の出現」
と要約できよう。
 1978年に鄧小平が始めた
★.改革開放路線の転換
と言ってもよい。

 毛沢東の死後、鄧小平はカリスマとして大きな指導力を発揮したが、自らが国家主席や共産党主席に就任することはなかった。
 彼の子分が党や国家の要職につき権力を分掌した。
 また、改革開放路線を押し進めた。西欧や日本と積極的に交流して技術を導入した。
 そして、貿易によって国内経済を発展させた。
 その路線によって、文革が終わった時点では数ある開発途上国の1つに過ぎなかった中国が、「G2」と称して米国と並び称される地位にまで上り詰めることができた。

■いよいよ確立される習近平独裁体制

 2017年は、改革開放路線に舵を切った1978年と共に歴史に記憶される年になるだろう。
 この秋に共産党大会が開かれて、習近平独裁体制が確立されるからである。
 それは改革開放路線の終焉を意味する。

 李克強は首相を外れて“上がり”ポストである全国人民代表大会常務委員長に就くとされる。
 また、中国共産党中央規律検査委員会書記だった王岐山も定年を理由に政治局常務委員を退く可能性が高い。

 李克強は胡錦濤をバックに共産党青年団を代表する立場にあったが、習近平との政争に敗れた。
 現在、その政治力はほぼゼロに近い。
 また、王岐山は習近平の右腕として汚職撲滅運動の先頭に立ってきたが、習近平がヘゲモニー(覇権)を確立したために、その役割を終えたと言える。
 王岐山は習近平が下方された時代に兄貴とした慕った人物であり、習近平が強い信頼を寄せる人物であるが、兄貴分であるだけに、ちっと目障りな存在でもある。
 覇権が確立された今日、定年を理由に引退していただくことが、もっとも妥当な線と言えよう。

 次の政治常務委員が誰になるか、現在時点でその名を言い当てることは難しい。
 ただ一つハッキリしていることがある。それは習近平に忠誠を誓う人物でなければ、要職に登用されないと言うことである。
 習近平が主席に就任した2012年からこの5年間、習近平派と胡錦濤率いる共産党青年団、そして江沢民に連なる上海閥が暗闘を繰り返してきたが、習近平はヘゲモニーを確立することに成功した。
 この秋の党大会は、その事実を広く世界に知らしめるものになろう。

■ますます強まる鎖国ムード

 新しく皇帝となった習近平は毛沢東を理想としているとも伝えられるが、そう考えるよりも「明」や「清」の隆盛期を再現したいと思っているとした方が的確だろう。

その外交方針の基本は、周辺国に朝貢を求めるものになる。
 一方、広く世界から新たな技術や情報を求めることはない。
★.一言で言えば中華思想であるが、中華思想は孤立主義でもある。
 冷静に考えれば、一帯一路やAIIBも、広く世界に影響力を及ぼそうとするものではない。
 せいぜい、その周辺に影響力を及ぼそうとしているだけである。

 習近平は口では一帯一路やAIIBによって国際的なプレゼンスを増すようなことを言っているが、今年に入って、通貨である“元”の国際化に関して極めて消極的な姿勢に転じている。
 国内で不動産バブルが深刻化していることから、外国と交流してリスクを高めるよりも、国を閉じた方がリスクが低くなると思っているようだ。
 しかし、そんな根性ではとても世界に冠たる帝国を築くことはできない。

 中国が鎖国ムードに転じる兆候は、ネット空間上において一層鮮明である。
 中国ではグーグルだけでなく、近年、海外のサイトにアクセスすることが難しくなっている。
 2~3年前までと比べても、海外のサイトへのアクセスは難くなっている。
 中国のネットは国内だけを繋ぐものに成り下がってしまった。
 そして、そこには当局の監視の目が光っている。

 また、温泉探査を行っていた日本人技術者がスパイ容疑で拘束されたように、「国家の安全を脅かした罪」という抽象的な要件で外国人を拘束、逮捕する事例が増えている。
 その対象は日本人だけでない。

 このようなことが続けば、外国人は怖くなって中国を訪問しなくなる。
 観光旅行も控えるだろう。日本は国をあげて観光立国に取り組んでいるが、中国はその逆の方向に向かって走り始めた。

■日本への関心は薄れていく?

 この秋に習近平による独裁体制が名実共に確立されると、この傾向は一層強くなろう。
 中国は、再び明や清のような東洋的大国に立ち戻ろうとしているが、それは“中華思想”がなせる業である。
 自分が偉いのだから、外国に学ぶ必要はない。
 そして“地大物博人多”だから、海外と交易する必要もない。

 明や清に類する帝国が出現したために、周辺国はその対応に追われることになった。
 特に韓国がつらい立場に立たされている。
 現在はミサイル防衛問題でいじめられているが、米国との関係を完全に断ち切らない限り、ミサイル問題が解決しても中国から新たな難題を押し付けられることになろう。
 それは、韓国が中国に朝貢しなければいけない国であるためだ。

歴史的に朝貢体制の中にいなかったために、日本の立場は微妙である。
 習近平独裁体制における日中関係を予測することは大変難しいが、明や清の歴史を振り返ると、中国の日本への関心は薄れていくのではないだろうか。
 このこところ、中国が名指しで日本を非難することが減っている。

 いずれにしろ、この秋の共産党大会は、中国の歴史において極めて重要な会議になる。皇帝習近平の出現、その行方を注視したい。



2017.6.23(金)  The Economist (英エコノミスト誌 2017年6月17日号)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/50324

中国の歴史:言われているほどでもなかった黄金時代

 中国は共産党が考えている以上に長い間、欧州より貧しかった。
 これは習主席の「中国の夢」にどんな影響を及ぼすのか。

 中国の習近平国家主席は、自分自身の「中国の夢」について語るのが好きだ。何でも、「中華民族の偉大な復興」を夢見ているという。

 習氏にとっては、これは中国が共産党の指揮下で「屈辱の100年」――第1次アヘン戦争(1839~42)後の100年間に中国が見舞われた経済的惨事と外国による領土奪取のこと――以前と同じように世界で最も裕福で最も強い国に返り咲くことを意味する。

 その延長線上で考えるなら、共産党の正統性はこの復興次第ということになる。
 しかし、1839年以前の中国が世界で最も裕福な国でなかったらどうなるだろうか。
 中国が欧州より貧しかった時期が175年間ではなく675年間だったらどうか。
 それでも習主席の「中国の夢」はこれほど大きな魅力を持つだろうか。

 オックスフォード大学のスティーブン・ブロードベリー、北京大学の菅漢暉(グアン・ハンフェイ)、清華大学の李稻葵(デビッド・ダオクイ・リー)の3氏が新たにまとめた研究は、中国は実際、数世紀にわたって欧州の後塵を拝していたと論じている。

 中国、イングランド、オランダ、イタリア、日本の5カ国について、西暦1000年前後以降の1人当たり国内総生産(GDP)を推計して比較したところ、中国がほかの4カ国よりも裕福だったのは11世紀の間だけだったという。
 この頃までに中国は火薬、羅針盤、可動活字、紙幣、溶鉱炉を発明していた。

 だが、ブロードベリー氏と2人の共同執筆者によれば、イタリアは1300年よりも前に中国に追いついており、オランダとイングランドも1400年までには追いついていた。
 1800年前後には日本が中国を抜き、アジアで最も裕福な国になっていた。

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