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JB Press 2017.2.1(水) 矢野 義昭
トランプ政権誕生でキャスティングボード握る日本
中露協調を促したバランス・オブ・パワーの変化
現在の世界は中国の台頭に伴い、米中露の3極鼎立時代になりつつある。
その中で、中露は近年協調姿勢を強めており、ドナルド・トランプ米新政権はその対抗戦略の構築を迫られている。
その中で、日本はどのような地位にあり、何を求められるのであろうか?
■1: バランス・オブ・パワーの趨勢
バラク・オバマ前大統領は、米国はもはや世界の警察官ではないと宣言し、トランプ大統領も選挙戦の最中、
「米国は弱くなった。もう日本や韓国などの同盟国を守れなくなった」
と述べている。
このような言葉に表される米国のパワーの相対的な低下の実態は何かを知るには、GDP(国内総生産)と軍事費の推移が良い指標となる。
IMF(国際通貨基金)統計によれば、冷戦崩壊直後の1992年当時、米日中露の名目GDPが世界に占める比率は、
米:26.1%(6兆5383億ドル)、
日:14.4%(3兆8531億ドル)、
中:2.0%(4957億ドル)、
ロ:0.36%(919億ドル)
であった。
また独仏伊英各国は2兆1000億ドルから1兆3000億ドルの間で、これら
欧州の主要4か国の名目GDPの合計比率は:24.4%(6兆1292億ドル)
であった。
日米のGDPの合計は中露の合計の17倍、米国は中露合計の11倍となる。
欧州主要国の合計はロシアの67倍あった。
日米欧合計で世界の64.9%を占め、中露合計の2.4%を圧倒していた。
日米欧の経済的優位性は、当時ゆるぎないものであった。
それに対し、2015年の各国の名目GDP比率(名目総額)は
米:24.5%(18兆377億ドル)、
日:5.6%(4兆1242億ドル)、
中:15.2%(11兆1816億ドル)、
ロ:1.8%(1兆3260億ドル)
となっている。
独仏英伊の合計額比率は、13.6%(10兆460億ドル)である。
日米の合計は中露の1.8倍、米国単独では中露の1.4倍になり、欧州主要国のロシアに対する倍率は7.6倍に縮小している。
それでも欧米を合計すれば、ロシアの21.2倍になる。
日米欧のGDP合計比率は43.7%に低下し、他方の中露は17.0%に上がっている。
日米欧のGDP合計は中露に対し27倍あったものが、23年間に2.6倍にまで縮まった。
なお、日本の世界のGDPに対する比率は1995年に17.6%まで高まったのち、2010年には30年前と同じ8.5%に低下し、その後も低迷を続けている。
日本の内閣府の予測では、このままでは2030年頃には4.4%まで低下すると予想されている。
以上の推移から、以下の特徴が伺われる。
①:米国のGDPは依然として世界の約4分の1弱を占め、世界第1位の経済力を維持している。
ただし、その比率は徐々に低下傾向にある。
②:中国の経済成長ぶりは目覚ましく、GDPは23年間で22.6倍になり、米国に対し0.63倍にまで迫っている。
世界に対するGDP比率は7.6倍に急増した。
③:ロシアは経済的にソ連崩壊直後の破たん状態から立ち直ったものの、依然として経済は弱体であり、欧州と米国が結束すれば経済的には十分に封じ込めることができる。
④:欧州も日本も経済的な比率は低下傾向にあるが、欧州主要国合計比率は約1.8分の1に低下したのに対し、日本は2.6分の1と大きく低下している。
日本のGDP比率は今後も低下し続ける可能性が高い。
⑤:日米の合計比率は中露に対し17倍の優位にあったものが、1.8倍に大幅に縮小している。
⑥:中露の経済力格差は、5.6倍から8.4倍に拡大した。
ロシアは経済的に中国に対抗できず、対中配慮を優先せざるを得ないとみられる。
このように、日米欧の世界経済における優位性は失われつつあり、半面中国が目覚ましい経済成長を遂げている。
中国が今後「新常態」と呼ばれる安定成長に移行したとしても、その世界経済に占めるシェアは拡大を続けるであろう。
平均5%で成長が続けばGDPは10年で1.6倍に増加し、2030年頃までに米国を追い抜く可能性もある。
軍事費の推移についても、同様の傾向がみられる。
SIPRI(ストックホルム国際平和研究所)の見積りによれば、1992年の世界各国の軍事支出額は、
米国:5,148億ドル、
日本:445億ドル、
中国:284億ドル、
ロシア:576億ドル、
フランス:678億ドル、
英国:611億ドル、
ドイツ:578億ドル、
イタリア362億ドル、
欧州主要国計2229億ドルである。
2015年では、
米国:5,955億ドル、
日本:463億ドル、
中国:1,997億ドル、
ロシア:911億ドル、
フランス:607億ドル、
英国:597億ドル、
ドイツ:470億ドル、
欧州主要国計1959億ドルとなっている。
1992年に対する2015年の伸び率は、
米国:1.15倍、
日本:1.04倍、
中国:7.03倍、
ロシア:1.58倍、
フランス:0.90倍、
英国:0.98倍、
ドイツ:0.81倍、
イタリア:0.79倍、
欧州主要国計0.88倍である。
軍事費の絶対額では、米国が依然として第1位だが、比率的には微増にとどまっている。
他方で、中国が23年間で7倍を超える急増ぶりを示している。
ロシアも経済規模はそれほど大きくないにもかかわらず、ウラジーミル・プーチン政権下で軍事費を急増させている。
ただし、ロシアの軍事費は、それでも中国の半額、英仏の1.5倍に過ぎない。
他方、米同盟諸国の日本は微増、欧州主要国は減少している。
この結果、欧州主要国とロシアの軍事費比率は、1995年の3.9倍から、2015年には3.4倍に、米国対中国の比率は18.1倍から3.0倍に、日米欧対中露の比率は、9.1倍から2.9倍に縮まっている。
このように、中国の急伸により米国との軍事費格差は急速に縮小している。
またロシアも増加した結果、ほとんど軍事費を増やしてこなかった米欧日に対して、中露両国の合計軍事費は9倍から3倍への格差縮小を達成している。
このようなバランス・オブ・パワーの変化が、米国が世界の警察官の座を降りざるを得ない、あるいは、同盟国を守り切れなくなっているという、前記のオバマ、トランプ発言の背景にある。
また、欧州同盟国の防衛費は減少し、日本も微増にとどまっており、同盟国の防衛努力不足が米国側の不満を招いていると言える。
■2 :対中接近を強めるプーチン政権
以上のデータから、中国は経済力、軍事力両面で強大化しているが、ロシアは軍事的には強大でも経済力は依然として弱体であることは明らかである。
このような中露両国のパワーの比較を踏まえれば、現秩序を擁護する立場の日米欧諸国から見た場合の世界的な最大の挑戦国は、ロシアではなく中国であると言える。
もちろんロシアが、強国であることは間違いない。
米国を破壊できる核戦力を持った唯一の国であり、現にクリミアやウクライナで侵略行為を行い、力による現状変更を強行している。
また、プーチン大統領の政治手法は強権的であり、政権は腐敗し、民主活動家やジャーナリストへの弾圧などを繰り返している。
これらは現秩序の擁護と国際的な取り決め、法の尊重を求める日米欧の価値観、国益とは相いれない。
ロシアの価値観や行動は、現秩序に対する挑戦国の立場であることを明確にしている。
ロシアは地政的には、1710万平方キロの世界最大の版図を有する大国であり、欧州、中央アジア、極東、北極圏など、大西洋、黒海から北極海、太平洋にまたがるグローバルパワーである。
また、ロシア帝国以来の強大な陸軍、巧みな外交手腕と高度の諜報活動の伝統を引き継ぎ、ソ連時代に培われた優れた世界最先端の軍事技術の蓄積もある。
以上から、ロシアは米中に続く大国とは言えるが、多くの脆弱点を抱えている。
経済力は現在、韓国以下の規模しかなく、その広大な国土を統治するには不足している。
広大な国土には豊富な資源が埋蔵されているが、その多くは採掘条件の厳しい僻遠の酷寒の地にある。
世界の陸地面積の11.5%を占めながら、人口は2015年で1億4346万人であり、世界人口の2.0%に過ぎない。
少子高齢化も急速に進んでおり、人口動態上でも衰退の途上にある。
とりわけ、約620万平方キロの極東ロシアの人口は2016年の調査で620万人余りとされ、世界でも最も人口の希薄な地域となっている。
都市部を除いては、シベリア鉄道沿いに線上に人口が分布しているに過ぎない。
さらに、極東ロシアには毎年百万人以上の中国人が出稼ぎ労働者などとして流入しているとされ、極東ロシアの経済は中国人労働者の労働力なしには成り立たない状況になっている。
国境を接する中国東北区の人口は、1億人を超えており、極東ロシアは中国の巨大な人口圧力にさらされている。
もともとロシア人と中国人は、民族的にも文化的にも異質で、領土をめぐる長い対立の歴史がある。
冷戦時代の1969年にはアムール川国境地区で中ソ国境紛争も生じた。
2008年にロシアが実効支配していた領土を含めて折半する形で、ロシアが大幅に譲歩して国境画定を終わり、領土問題は一応沈静化している。
しかし、清朝時代に締結されたアイグン条約、北京条約では、当時の帝政ロシアとの力関係により、外満州に当たる沿海州のロシア帰属を確定せざるを得なかったという歴史もある。
領土をめぐる中露対立の芽は今ものこっている。
そのような根底的な対立要因を抱える中、中露間はプーチン政権になり接近の様相を強めている。
他方で、中露共同による日米を意識した対抗行動も目立つようになっている。
昨年5月には、中露両軍が初めてコンピューターによる弾道ミサイル防衛演習をモスクワで実施しており、欧州や日韓にミサイル防衛システムを展開している米国に対する牽制を意識した共同演習を行っている。
昨年6月9日に尖閣諸島接続海域に中国の艦艇1隻が侵入したが、ロシアの駆逐艦など3隻も同時刻に同じ海域を航行している。
これらは、南シナ海の埋め立てを強行し、尖閣領有を主張する中国に対し、軍事面でも支援する能力と意思があることを、日米に誇示することを狙った示威行動と言える。
2012年以来毎年行われてきた中露海軍による合同演習が、昨年2016年9月に広東省の沖合で行われた。
南シナ海で実施されるのは初めてであり、両国から駆逐艦、揚陸艦、補給艦、艦載ヘリ、固定翼機などが参加し、対潜作戦、両国海兵隊による島嶼奪還作戦の上陸訓練も行われた。
これまでロシアは中国に対しては、攻撃的武器や最新の武器、大型ジェットエンジンなどの輸出は控えてきた。
しかし昨年、最新式の対空ミサイル「S-400」を初めて中国に輸出し、大型のジェットエンジンの輸出も行うなど、対中武器輸出の水準を挙げている。
経済・金融面でも、中国が主導し昨年1月に発足したAIIB(アジアインフラ投資銀行)に、ロシアは参加した。
ロシアの出資比率は、6.5%と中印に次ぎ第3位となっているが、必ずしも当初から積極的に参加の意向を表明していたわけではない。
ロシアは2015年1月に、それまでのユーラシア経済連合を基礎に、自国を中心とし、ベラルーシ、カザフスタン、アルメニアの4か国からなるユーラシア経済同盟を創設している。
アルメニアを除く3か国は、すでに関税を撤廃しており、EUに対抗した経済・関税同盟の結成が狙いとみられる。
その背景には、2014年2月にウクライナで起こった政変がある。
ウクライナではこの政変の結果、親露派のビクトル・ヤヌコーヴィッチ大統領が逃亡し、ウクライナの親EU路線が明確になった。
ユーラシア経済同盟の結成は、ウクライナの親EU路線に対抗し、経済・金融面で域内の引き締めを図るという狙いがあったとみられる。
ロシアのAIIB参加は、ユーラシア経済同盟とは競合する中国の「一帯一路」発展戦略への譲歩を意味し、ロシアの伝統的な影響圏である中央アジアへの中国の影響力拡大を許すことを意味する。
このような重大な譲歩をしてでもAIIBにあえてロシアが参加した理由として、プーチン政権には以下の戦略的な判断があったとみられる。
すなわち、10倍の人口、8倍の経済規模、2倍の軍事費を持つ中国とは、潜在的な対立の芽はあるものの、敢えて対決はしない。
当面は、欧露正面でのNATO(北大西洋条約機構)、EUなど欧米影響圏の拡大阻止と旧ソ連圏版図の最大限の回復に、国力を結集するとの意思決定である。
■3: 米国のアジア・太平洋重視戦略立て直し
3極鼎立というパワーゲームでは、第1位の覇権国に対し、第2位と第3位の覇権国が提携して対抗し、第1位の覇権国を引きずり降ろそうとする誘因が働きやすい。
米中露3極鼎立の中、中露両国としては、提携して米国の世界的覇権に挑戦するという戦略が共通の利益となる。
かつ、中露両国は、大陸国であり、ともに核大国で独裁的権威主義的体制の国であるという点で、価値観、行動様式も類似している。
中露両国は、相互に融和関係を保てば、ともに背後を固め、ロシアは欧州正面に、中国は南・東シナ海正面にパワーを集中できるようになる。
その結果両国は、大洋を超えた米国の同盟国のうち、欧州に対しては主にロシアが、日韓台に対しては主に中国が、直接的に軍事、外交、経済、情報戦など各側面から圧力を加え、同盟国と米国との関係を切り崩すことにより多くのパワーを集中でき、それぞれの地域覇権を拡大できるようになる。
その際の覇権拡大の主体となるアクターは、どちらかと言えばロシアではなく中国であることは、中露間の経済、人口、軍事各正面でのパワーバランスからみても明らかである。
その意味で、米国とその同盟国にとりより深刻な危機は、欧州正面ではなくアジア・太平洋正面にあると言える。
特に、中国は経済面でも軍事面でもパワーを一貫して増大させており、日本などの周辺国にとり脅威となっているだけではなく、米国の軍事、経済・金融、外交、情報戦の面を含めた世界的な覇権を脅かす存在になりつつある。
このような高まる中国の脅威に対し、日米がどのように対応するかが今後の世界的な安全保障上の重要課題であり、日本自らにとっても死活的な問題であると言えよう。
オバマ政権は、アジア・太平洋重視のピボット戦略、リバランシングを打ち出し、トランプ政権は対露融和を模索する一方で、中国に対し強硬姿勢を採ろうとしている。
いずれも、バランス・オブ・パワーの変化を踏まえた、妥当な安全保障上の重視正面の選択であると評価できる。
ただし、オバマ政権は南シナ海での中国による人工島建設の動きを2年間も見過ごし、ほぼ既成事実になってから非難し、「航行の自由作戦」を実施するなど、中途半端な政策を採ってきた。
他方では人権外交の建前からも、東部ウクライナのロシアによる事実上の併合に対し、強硬姿勢を貫いてきた。
このようなオバマ政権の戦略の一貫性の欠如を立て直し、
対中、アジア太平洋正面重視を再度明確にしようとするのが、トランプ政権の目指す方向であり、
オバマ政権と本質的な変化はないと言えよう。
ただし、トランプ政権はオバマ政権と異なり、人権や民主化を重視し、その擁護のためには、例えば東部ウクライナでもロシアと軍事的な対峙の危機を辞さないという姿勢はとらない。
他方で、民主化は軍事力で押しつけることはできない、軍事力の行使は最後の手段であり、外交、経済による紛争解決をまず追求し、外交や経済面での制裁ですら、慎重に行使すべきだとするのが、トランプ大統領の対外政策の基本姿勢である。
他方で、トランプ大統領は、選挙期間中から軍の再建、強大な軍の建設、退役軍人の処遇改善、軍事費の増額、核戦力と海軍艦艇の増強、宇宙、サイバー戦、特殊作戦の重視も訴えている。
このような軍事力の再建重視姿勢の背景には、質量両面で激しい追い上げを図る中国への対抗意識が強く表れている。
上記のバランス・オブ・パワーの現実に立てば、米国の主敵は中国であって、ロシアではない。
重視すべき正面はアジア・太平洋であり、欧州正面ではない。
脱石油とオイルシェールの採掘が進む米国にとり中東ももはや重視正面ではない。
米国の安全保障上最も憂慮すべきは、米本土の安全保障、特に大量破壊兵器を用いたテロである。
この認識は9.11以降一貫している。
テロを防止するには、ISIS(イスラム国)のようなイスラム過激派を制圧するとともに、メキシコ国境の管理と移民政策の規制を強化し、イスラム過激派の米国内への流入を防止しなければならない。
しかしオバマ政権は、本土の安全保障政策でも、不法移民の人権保護を優先し実効性ある政策をとってこなかった。
トランプ大統領は、そのための実効性ある政策として、選挙期間中から、メキシコ国境での壁の建設、国境管理の強化、イスラム移民の流入規制などの施策を訴えてきた。
トランプ大統領は、就任直後からそれらの大統領令に相次いで署名している。
対外戦略上は、バランス・オブ・パワーの変化を踏まえれば、アジア・太平洋正面での中国の軍事的台頭の封止が最も重視されねばならない。
オバマ政権もそれを目指したが、シリア、クリミア、東部ウクライナなどでのプーチン政権の軍事、外交政策に振り回され、本来の戦略を徹底できなかった。
また、クリントン夫妻は、中国から選挙資金の支援を受けており、対中融和的な姿勢が疑われてきた。
南シナ海での中国の人工島建設の動きに対しても約2年間放置してきたこともその1つの表れであると言えよう。
トランプ政権は、戦略の一貫性を取り戻すため、
ロシアには融和姿勢を採り、
中国に対しては強硬姿勢をとること
を明確にしている。
トランプ氏は、選挙期間中から、中国を最大の対米貿易赤字を生んでいる為替操作国と非難していた。
また、台湾総統との電話会談後の中国の非難に対し、「1つの中国政策の見直し」で応ずるなど、対中強硬姿勢をとっている。
中国の艦艇建造の速度からすれば、2020年までに米中の艦艇数が逆転する可能性もある。
このような事態に対し、トランプ大統領は、世界一の海軍国としての米国の威信をかけて、現在約270隻の海軍水上艦艇数を350隻に増強すると表明している。
ただし、そのためには、米国防予算は今後とも毎年6000億ドル以上の水準を維持する必要があると見積もられており、財源をどのようにして確保するかが、既に問題視されている。
■まとめ: 厳しい要求にさらされる日本
米軍はいま「第3のオフセット(相殺)戦略」と称する戦略を将来方向として追求しようとしている。
中露は、衛星、空母、指揮統制中枢、ロジスティクスのセンターなど米軍の世界的な軍事インフラの脆弱な結節点を、大量のミサイル、サイバー攻撃、特殊作戦などを集中して破壊し、米軍戦力の発揮を妨げようとする態勢を固めつつある。
この脅威に対抗して、第3のオフセット戦略では、攻撃目標となる結節点を形成することなく、離散した自律的な小型の知能型ロボットを大量に展開し、それをネットワークで連接して一体的に運用する「群集戦法」をとれる態勢づくりを目指している。
群集戦法により敵戦力を圧倒できる態勢をつくり、中露の脅威を通常戦力により抑止するのが、第3のオフセット戦略の狙いである。
その際のキーとなる先進技術は、
人工知能、
ビッグデータ、
ロボット、
無人機、
小型化技術、
3Dプリンター
などである。
米国防総省は、これらの技術を駆使して、世界的な情報警戒監視偵察網を展開して脅威を早期に探知し、世界中から集まる情報を瞬時に処理して指揮官の意思決定を補佐し、最も効果的な作戦行動を実行し、それらを常に迅速効率的に支援できるロジスティック態勢を維持して、人間と機械がチームとなった、巨大な革新的兵力体系を構築することを目指している。
このような方針は、民主党の前アシュトン・カーター国防長官時代から打ち出されているが、米国防総省の基本戦略として固められてきたものであり、トランプ政権の下でも継承されるとみられる。
問題は、「第3のオフセット戦略」を構築するためには、多額の資金と高度の技術の結集が欠かせないことにある。
米国の累積連邦財政赤字は、トランプ氏も選挙期間中から指摘していたように約20兆ドルに達している。
その中で、例え国防費の削減を中止したとしても、米国独力で必要な資金と技術を確保することは困難であろう。
そのために期待されているのが、民間と同盟国の技術力と資金力の活用である。
上記先進技術は大半が軍民両用技術であり、民間の方がむしろ先行している分野が多い。
また技術革新の進度も極めて速く、これまでの軍の装備品の研究開発配備速度では対応できなくなっている。
それを補完するためには、全省庁一体となった協力、米国内の軍需産業、関連民間企業、研究機関、大学などの支援確保が必要である。
中国も軍民融合を強調しており、ロシアも東部ウクライナを含めた軍需産業の立て直しを図っている。
米国もまた同様の態勢を構築しようとしている。
このような米中露間の国家総力を挙げた軍拡競争の様相は、今後さらに強まるであろう。
それに伴い、今後米国から同盟国の防衛努力と対米協力への期待度は高まるとみられる。
米国は、世界最大規模の財政赤字の中でも対GDP比率で3.6%以上の国防費を支出している。
半面、防衛費の対GDP比率が目標の2%に満たないNATO諸国や、片務的な安保条約の下1%の比率に甘んじている日本に対する不満が米国内で高まっている。
トランプ大統領の、「日本、韓国、サウジアラビアのような豊かな同盟国は、米軍に守って欲しければ、駐留米軍の経費を全額負担すべきだ。負担しないなら米軍を撤退させる」との強硬発言も、このような不満を反映している。
しかしこのような発言を、単なる同盟国の防衛努力不足に対する不満表明ととらえるべきではない。
その背景には、上に述べた、同盟国の技術力と資金力を最大限に活用したいとの、米側の第3のオフセット戦略に基づく同盟国への期待と国益上の思惑がある。
同盟国の中でも期待されているのは、日本の特に民間の技術力と資金力である。
例えば、人工知能、無人機、ロボット、小型化などの先進技術面での日本の民間力に対する米側の評価は、極めて高い。
これらの両用技術の供与、共用化、共同研究開発などが米側から日本側に持ち出されるであろう。
また日本の民間の豊富な資金力に対する期待も高い。
この面では、金融戦略が重要になる。
例えば、ロナルド・レーガン政権時代にみられたような、日本の資金による米国債の大量購入、日本の貸出金利の据え置きなどの要求が、突きつけられるかもしれない。
かつて、レーガン政権時代、日本は米国の国債を買い支え、レーガン軍拡を資金面から支えた。
その結果、ソ連は競争戦略に敗れて自壊したが、日本もバブル崩壊に見舞われ、その後の長期の経済低迷を招いた。
トランプ政権の第3のオフセット戦略も、レーガン政権と類似した戦略を追求する可能性がある。
日米安全保障協力の強化が必要なことは、中国の脅威に直面している日本としては当然のことである。
ただし、具体的な対米協力の在り方について、日本の国益に基づく一貫した総合戦略の下、防衛、外交、技術、経済・金融各方面の個別戦略を立てて対応しなければ、米国ペースの戦略への追随を余儀なくされるおそれがある。
さらに、尖閣諸島などを巡る中国との軍事衝突が生ずるおそれもなしとしない。
その際に、日本が直接矢面に立ち、米国は情報、装備の提供、外交的支援など、間接的な支援を行うような事態が生ずる可能性もある。
日米安保条約第5条は日本の施政下にある領域に対し発動されるのであり、日本自らが尖閣諸島を実力で実効支配していることを示さなければ、米国は日本を防衛する義務はない。
日本の自力防衛の態勢があって初めて、日米共同防衛態勢が機能するものであることを再度認識する必要がある。
日本を取り巻くバランス・オブ・パワーは冷戦崩壊以降大きく変化している。
中国の台頭により米国のパワーの圧倒的優位は揺らいでおり、逆転の兆候すらみえている。
トランプ政権はこれに対し明確に、中国に対抗して「再び米国を偉大にする」ことをスローガンとして掲げており、アジア・太平洋では、今後米中間の鍔迫り合い、軍拡競争の様相が強まる可能性が高い。
しかし、核大国同士の米中が直接対決に至る可能性は低く、米中の狭間に立つ日本が、総合安全保障面でのさまざまの危機に襲われる可能性が高まっている。
そのことは半面、日本が米中露鼎立時代の覇権の行方を左右するキャスティングボードを握っていることを意味している。
価値観や体制が異なり、領土問題を抱えている中露両国と日本が同盟関係になることは、考えられない。
しかし米国の自国中心の国益追求に追随していては、日本の国益が損なわれる。
日本は自らの持てる力の意義と役割について再認識し、それをどう培養し行使することが、自国の国益となり、世界の安定と繁栄に寄与できるか、かつ米国の要求にも対応できるかを常に考えながら、慎重に安全保障政策を展開しなければならない立場にある。
』
『
ニューズウイーク 2017年2月9日(木)10時20分 ロバート・E・ケリー(本誌コラムニスト)
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2017/02/post-6930.php
日米同盟をトランプから守るため、マティス国防長官はやって来た
●マティス(右)は東京で日本との固い絆を確認したが…… Toru Hanai-REUTERS
<マティス米国防長官のアジア歴訪はトランプ外交に対してクギを刺したい米外交界主流派の意向の表れだ>
今月、マティス米国防長官が日本と韓国を訪問した。
前大統領と異なる政党の新大統領が就任すれば、早々に高官が同盟国を訪ねるのは珍しいことではない。
新政権としても、同盟国の高官と早く会っておきたい。
これが普通の政権交代なら、マティスの日韓歴訪は地味なニュースとして扱われたかもしれない。
普天間問題などはあるにせよ、オバマ前政権下でアジアの同盟国との関係はおおむね良好な状態にあったからだ。
しかし、今回の新政権発足は普通の政権交代ではない。
トランプ大統領は就任わずか半月ほどの間に、イギリス、メキシコ、オーストラリアといった緊密なパートナーとの関係をとげとげしいものにしてしまった。こうした文化的に近い国々に怒りをぶつけているトランプが、日本と韓国のように文化の違いが大きい同盟国との摩擦や意見対立にどう対応するかは大きな不安材料だ。
日本と韓国がマティスに最も尋ねたかった問いは、中国や北朝鮮についてではなく、新大統領自身についてだったに違いない。
トランプは本気であんな発言を繰り返しているのか?
同盟関係に基づく防衛をこれまでどおり当てにしていいのか?
マティスはこの点をよく理解していたようだ。
訪問時に、日本と韓国を安心させる力強い言葉を述べている。
【参考記事】マティス米国防相がまともでもトランプにはまだ要注意
■米中戦争に備えた動き?
これまでの同盟関係から言えば当たり前の内容だが、マティスの一連の発言にはもう1つの目的もあったのかもしれない。
それは、トランプの手足を縛ることだ。
マティスのように尊敬されている高官が公の場で発言した後、トランプがツイッターや電話で日韓にかみつくようなことがあれば、アメリカの信頼が大きく傷つきかねない。
マティスの発言は日韓との固い絆を維持し、トランプが口を挟んできても譲らないという意思表示にも思える。
東京では、日本と「100%肩を並べて、歩みを共にする」と表明。
韓国でも、もし北朝鮮が核兵器を用いれば「効力のある圧倒的な」報復で応じると明言している。
トランプが就任後ほかの同盟国を厳しく批判しているなかで、新国防長官が日韓との連携を大切にする姿勢を示している背景には、ほかの要因もあるのかもしれない。
それは対中関係だ。
トランプの側近たちは、歴代政権ではなかったくらい中国に関して攻撃的な発言をしている。
バノン首席戦略官・ 上級顧問も昨年3月、「5~10年以内に南シナ海で」米中戦争が起きることは「間違いない」と述べていた。そればかりか、トランプは昨年12月に台湾の蔡英文(ツァイ・インウェン)総統と電話会談するなど、中国政府の神経を逆なでする行動を取っている。
もし、トランプとバノンが中国との対決を本気で想定、あるいは意図しているなら、日韓の力が不可欠だ。
だから、ほかの同盟国のようには両国にかみつくことはしないかもしれない。
トランプ新政権の外交戦略は、過去何十年ものアメリカの基本戦略に反する。
アメリカ外交界の主流派の多くは、同盟国を罵り、ロシアと接近し、わざわざ中国を挑発することには反対している。
それに、トランプはアメリカ独特の選挙制度のおかげで当選できたにすぎず、大統領選の得票数自体は対立候補のヒラリー・クリントンのほうが多かった。
有権者の過半数がトランプの外交革命を支持しているとは言い切れない。
【参考記事】トランプに電話を切られた豪首相の求心力弱まる
こうした点を考えると、トランプの外交路線は官僚機構の激しい抵抗に遭うだろう。
中国にけんかを売ったり、NATO無用論を唱えたりすることには、軍が反対する可能性が高い。
マティスの日韓での言動には、アジア情勢の安定を望む米外交界主流派の考え方がはっきり見て取れる。同盟国にとっては、安心感を持てる人物だろう。
問題は、マティスがどのくらいトランプの考えを代弁していて、どのくらい影響を及ぼせるのかということだ。
[2017年2月14日号掲載]
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●【小野寺五典】トランプ陣営は、実は戦略的!踊らされる日本のメディア!?<2017年2月2日>
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