2017年2月6日月曜日

トランプ大統領登場(7):最初の敗北 地方裁が「大統領令」執行差止命令を

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Yahooニュース 2/6(月) 1:05 中岡望  | 東洋英和女学院大学大学院客員教授、ジャーナリスト
http://bylines.news.yahoo.co.jp/nakaokanozomu/20170206-00067397/

地方裁が「大統領令」執行差止命令、
トランプ政権の最初の敗北-
「命令」の全訳掲載

■内容
1.: ワシントン州の連邦地方裁判所が大統領令の一時執行差止命令を出す
2.: ロバート判事の「大統領令」の一時差止命令の全文訳
3.: 連邦地方裁判所の判断をどう解釈するか

■1.ワシントン州の連邦地方裁判所が大統領令の一時執行差止命令を出す

  2月3日(現地時間)、ワシントン州の連邦地方裁判所が「大統領令(正式名称:米国に入国する外国人テロリストから国を守る大統領令)」の執行の「一時的緊急差止命令(temporary restraining order)」を出した。
 現在、同大統領令が違法あるいは違憲であるとの訴訟が全国の連邦地方裁判所で相次いでおり、同命令はトランプ政権にとって最初の敗北となった。

 アメリカの裁判制度は複雑で連邦裁判制度と州裁判制度と二重構造になっている。
 今回、連邦裁判のひとつであるワシントン州の米地方裁判所(US District Court)の判決である。
 連邦裁判所制度は、大雑把に言えば、「連邦地方裁判所(US District Court)」があり、同裁判所は「第一審裁判所(trial court)」と呼ばれ、事実審議を行う裁判所である。
 その上に上級裁判所として「連邦控訴裁判所(US Court of Appeal)」がある。
 ワシントンには「最高裁判所(Supreme Court)」が置かれている。
 最高裁判所は憲法に規定で設置されているのに対して連邦地方裁判所は議会の法律に基づいて設置されている。
 国が大きくなるにつれて、連邦議会は国を幾つかの地域に分け、そこに連邦地方裁判所を置いた。
 現在、アメリカは司法地域として89に区分されている。
 連邦地方裁判所の判事の数は649人である。
 連邦地方裁判所は1州にひとつとは限定されておらず、カリフォルニア州やニューヨーク州、テキサス州にはそれぞれ4つの連邦地方裁判所が置かれている。

 また全国を11の巡回区(circuit)と連邦巡回区に分け、それぞれの合計12の連邦控訴裁判所が置かれている。
 控訴裁判所は、連邦地方裁判所からの上訴を受けて、審理を行う。
 審理は3名の判事の合議で行われる。
 最高裁判所は憲法に基づいて設置されている。
 アメリカの司法制度の最大の特徴は裁判官に終身の身分保障が行われていることだ。
 憲法第3章第1条に「非行なき限り、その職を保持することができる」と書かれている。
 アメリカの政治を考えるとき、司法の持つ機能を無視することはできない。
 最高裁判所は憲法に関する最終判断権を持っており、日本の最高裁のように「違憲状態」などという判決を出すことはない。
 アメリカ民主主義の特徴は3権分立で、立法府、行政府、司法部の間で相互チェックをする仕組みになっており、司法の独立性は極めて重要である。
 今回も、トランプ大統領の大統領令に対して司法がどのような判断を下すのかが注目されている。

 連邦地方裁判所の役割は事実に関する審議を行うことである。
 したがって、映画で見られるような原告と被告を代弁する弁護士が証人あるいは事実関係に対して尋問と反対尋問を行う。
 これに対して控訴裁判所や最高裁判所は基本的に書類に基づく審理を行うのが普通である。
 連邦地方裁判所での判決に不満がある場合、控訴裁判所に控訴することになる。
 憲法判断が必要となる裁判の場合は最高裁判所で審理される。

 今回の「一時的緊急差止命令」は、ワシントン州にある連邦地方裁判所のジェームズ・ロバート判事が出したものである。
 同判事はブッシュ大統領が任命した判事で、上院では全会一致で承認された判事である。
 その意味では“共和党寄り”の判事と言ってもいい。
 命令には「先週、トランプ大統領が署名した大統領令の執行は判事が最終的な判決を下すまで停止しなければならない」と書かれている。
 また
 「原告は緊急かつ回復不能な損害を受ける説明責任を果たした(met its burden in demonstrating immediate and irreparable injury)」、
 「緊急差止命令は全国で適用され、大統領令の執行は禁止される」
とも書かれている。
 と同時に「執行停止命令は裁判所の判決が出るまで」と、この命令が最終命令でないとも指摘されている。
 「一時的緊急停止命令」には原告と被告に対して「2017年2月6日午後5時までに訴訟事件摘要書(briefing schedule)の提出と陳述日(noting date)の予定を通告すること」を求めている。
 「訴訟事件摘要書」は「当該事件の事実関係、法の適用についての自己の側の見解を要約した書面」のことである。
 その提出を受けて、さらに審理が行われ、最終的な判断が下されることになる。
 したがって、今回の命令はあくまで“一時的”なものであり、訴訟は継続している。

 この命令を受け、原告のワシントン州のジェイ・インスレー知事(民主党)は
 「今日の勝利で励まされ、私たちは歴史の正義の立場にたって戦っているという決意が今まで以上に高まった。
 誰も、それが大統領であっても、法を超越することはでにない」
と歓迎の声明を出している。
 また直接訴訟に関わっているボブ・ファーガソン州司法長官も
 「この決定は歴史的な判断であり、法が支配する国とワシントン州と全国民にとって重要な判断である」
と語っている。

 「一時的緊急差止命令」が出るとすぐ、トランプ大統領はツイッターで
 「このいわゆる判事の意見は本質的にこの国から法律の執行権を奪い去るものであり、馬鹿げており、覆されることになるだとう」
と、ロバート判事を“いわゆる判事(so-called judge)”と最大限の侮蔑し、小馬鹿にした言葉で批判している。
 これはトランプ大統領の常套手段である。
 企業経営をしている時も、競争相手が現れると、まず相手を脅迫し、訴訟を起こし、決して妥協せず、相手を追い込み、勝利を得るというのが、彼の経営手法であった。

 だが、こうしたトランプ大統領の発言は思わぬ波紋を呼んでいる。
 ある判事は「憲法に基づいて任命された判事を大統領が”いわゆる判事“と呼ぶのは適切なのだろうか」と疑問を呈している。
 またオバマ政権の時のスポークスマンであったマシュー・ミラー氏は
 「トランプ発言で司法省の弁護士は裁判で勝つのがますます難しくなるだろう」
と語っている。
 政府内でも、こうした事態に気を配り始めている。
 命令が出た直後、ホワイトハウスは声明を出し、この命令を「極めて屈辱的な命令」と攻撃した。
 だが、その10分後に再度出された声明では「極めて屈辱的」という形容詞が外されていた。
 またトランプ大統領のツイートから数時間後、ペンス副大統領はフィラデルフィアでの会合で「政府は憲法の不変の理想を支持する」と、トランプ発言の沈静化を図っている。

 司法省のミシェル・ベンネット弁護士は、
 「大統領は議会が与えた法的な権限内で行動している。
 ワシントン州やミネソタ州が主張するように州は経済的な損失を被っていない」
と、ロバート判事の判断に異議を唱えている。
 司法省は戦う姿勢を明らかにしており、「命令」が出た翌日の4日夜に控訴裁判所に控訴した。
 また「緊急手続停止の申立(emergency stay motion)」も提出すると伝えられている。
 既に述べたように、控訴裁判所では3名の判事で審理される。
 ブッシュ大統領が指名したリチャード・クリフトン判事、
 カーター大統領が指名したウィリアム・キャンバイ判事、
 オバマ大統領が指名したミシェル・フライドランド判事
である。
 二人が民主党大統領、一人が共和党大統領の使命した判事である。
 党派的な構成がどう影響するかが、ひとつのポイントであるかもしれない。
 また法律解釈的に、「一時的緊急差止命令」は上訴対象の命令ではないとの見解もある。
 ロバート判事の判断の法的な根拠を巡って議論が展開されるだろう。
 司法省が上訴した後、トランプ大統領は「国家の安全のために我々は勝利する」と、強気の姿勢を崩していない。

 大統領令の違法性に関する議論が行われている。
 大統領令では中東の7カ国のイスラム国からの移民を規制する条項が含まれており、宗教によって移民を差別するのは、憲法修正第1条に反するという議論が行われているほか、ビザを持たないで入国申請をした人物を国籍や居住地を理由に差別してはならないと規定した1965年の移民帰化法に違反しているとの指摘もある。
 大統領令の合法性は裁判所で判断される。
 ロバート判事の命令は大きな波紋を呼んでおり、トランプ政権の最初の躓きとなるかもしれない。

 ワシントン州の連邦地方裁判所の判決以外に、「大統領令」を違法とする判断が、
 ニューヨーク州ブルックリン連邦地方裁判所(アン・ドネリー判事)、
 ボストン連邦地方裁判所(アリソン・ブローズ判事)、
 ヴァージニア連邦地方裁判所(レオニー・ブリンケマ判事)、
 ロサンジェルス連邦地方裁判所(アンドレ・ビロッテ判事)
からも出ている。

■2.ロバート判事の「大統領令」の一時差止命令の全文訳

 メディアは表面的な結果しか報道しないものである。
 主要メディアの報道を読んでも、何が本当の問題なのか理解できないことが多い。
 状況を十分に理解するためには、どのような法律解釈で「一時緊急差止命令」が出されたのか具体的に理解しておく必要がある。
 そこで、命令を全文訳してみることにする。
 命令のタイトルは「一時的緊急差止命令(Temporary Restricting Order)」で、原告としてワシントン州とミネソタ州、被告はドナルド・トランプ大統領他と書かれている。
 筆者は米国法の専門家ではないので、英語の特殊な法律用語を正確な日本語の法律用語に訳せたかどうか100%の自信はない。
 もし誤訳があれば、ご連絡ください。
 修正します。
 訳出に当たって用語は『英米法辞典』(東京大学出版会)に依拠した。
 辞典にも載っていない用語も多くあったが、英語の資料を使ってできるだけわかりやすく翻訳し、説明した。
 なお、訳文では適用判例の名称は省略した。
 筆者が前に書いた「大統領令」の記事で説明したように、アメリカの法律は「判例法」であり、今回の命令も過去の判決が論拠として使われる。

以下、全文を翻訳する
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◆I. 最初に

本法廷に原告であるワシントン州とミネソタ州から「一時的緊急差止命令」を求める「緊急申立(emergency motion)」が提出された。本法廷は申立と告訴状、修正告訴状、申立に関連するすべての関係者から提出された具申、記録に関連する部分、適用法律にについて審査を行った。さらに本法廷は2017年2月3日に訴訟代理人の主張に関する審理を行った。前述のすべての事柄を審理した結果、下記のように州の申立を承諾(grant)することとする。

◆II. 手続き的な背景

 2017年1月30日、ワシントン州は連邦被告であるドナルド・トランプ大統領、ジョン・F・ケリー国土安全保障長官、トム・シャノン国務長官代行を相手に「宣言的救済(declaratory relief)」と「差止救済(injunctive relief)」を求める告訴状が提出された。
  2017年2月1日、ワシントン州はミネソタ州を原告に加える修正告訴状を提出した。
 両州は、2017年1月27日の「大統領令(Protecting the Nation from Foreign Terrorist Entry into the United State)」の一部を無効とする宣言的救済と、被告に大統領令の同じ部分の執行差止命令を求めた。
 両州は連邦被告に「一時的緊急差止命令」を出すことを求めて出廷した。
 「一時的緊急差止命令」の目的は、本法廷が暫定的差止申立の審議を行うまで現状を維持することである(一時的差止命令の目的は、暫定的差止禁止の適用申請に関して審理が起こマわれるまで現状を維持することである)。

◆III. 事実認定と法律問題に関する結論

 基本的な事柄として、本法廷は、本法廷が連邦被告人と訴訟に関する係争事案に対する管轄権を有していると判断する。
 州政府が連邦被告人を訴えることは妥当であり、連邦民事訴訟規則65(b)に実質的に合致している。
 実際に連邦被告人は出廷し、法廷において弁論を行い、本訴訟における自らの立場を擁護している。

 「一時的緊急差止命令(temporary restraining order)」を出す基準は、「暫定的差止命令(preliminary injunction)」を出す基準と同じである。
 「一時的緊急差止命令」は、“原告がそうした救済を求める権利があることを明確に示した時にのみ出される異例の救済策”である。
 「暫定差止命令」による救済の適切な法的基準は、当事者に以下のことを明確に示すことを求めている。
 (1)原告が救済を求める権利があること、
 (2)暫定的救済がない場合、原告が回復不能な損害を被る可能性があること、
 (3)公平のバランス(the balance of equities、筆者注:公平の観点にみて、どちらが妥当な立場にあるかという意味)が原告に有利なこと、
 (4)差止命令が公共の利益に叶うこと、である。

 これに代わる基準として、もし被告の反駁の実質的内容に関して深刻な疑義が生じ、さらに差止命令が出されない場合、原告と被告が被る困難のバランス(balance of hardship)が著しく原告に不利な場合、暫定的差止命令を出すのは適切である。
 したがって、複雑な法的な疑義があるためさらに調査や検討が必要なとき、原告に現状維持を認めることになる。
 しかし、“深刻な疑義”に基づく解釈から、原告が回復不能な被害を受ける可能性があり、差止命令が公共の利益に叶うことを示す場合にのみ、本法廷は「一時的緊急差止命令」を出すことができる。
 申立人は、説得責任(筆者注:日本の「客観的証明責任」と同じ)を負い、そうした救済を受ける権利があることを明確に示さなければならない(依拠する判例はウィンター裁判)。

 本法廷は、州政府はこうした基準を満たしており、「一時的緊急差止命令」を出すべきであると判断する。
 州政府は、救済を受ける権利があること、暫定差止命令がない場合に州政府は回復不能な損害を受けること、公平のバランスが州政府に有利であること、「一時的緊急差止命令」が公共の利益に叶うことを示したことで、申立はウィンター裁判で示された判例の基準を満たしている。
 また、本法廷は、州政府が救済を受ける権利に関して深刻な疑義がほとんど存在しないこと、公平のバランスが原告に有利であることを明確に立証したことで、もうひとつのコットレル・テスト(Wild Rockies v. Cottrell裁判の判例)を満たしていると判断した。
 ウィンター・テストに関しては、州政府は回復不能な損害を受ける可能性と、「一時的緊急差止命令」が公共の利益に叶うことを明確に示した。

 具体的には、この「一時的緊急差止命令」を出すにあたって、本法廷は、大統領令が署名、執行された結果、回復不能な差し迫った被害に直面する可能性があることを明確に示す責任を州政府が果たしたと判断する。
 大統領令は、雇用、教育、ビジネス、家族関係、旅行の自由の分野で州の住民にマイナスの影響を及ぼしている。
 こうした被害は、州に住む住民に対する“パレンス・パトリーイ(parens patriae、住民の後見人)の役割を果たしている州にも及んでいる。
 さらに州政府自体も、大統領令の執行が公立大学などの高等教育機関の運営と使命に影響を及ぼすという被害を被っている。
 また、州政府の運営、課税ベース、公共資金にも影響が及んでいる。
 これらの被害は大きなもので、今後も継続すると思われる。
 したがって、本法廷は、暫定差止命令を求める州政府の要請に関して審理を行い、判決を下すまで、連邦被告人に「一時的緊急差止命令」を出すことが必要だと判断した。

◆IV. 「一時的緊急差止命令」の内容

★1. 連邦被告人と全ての連邦政府の役人、官吏、公務員、従業員、弁護士、彼らの代理人は以下の事柄を行ってはならないと命じる。
 ●(a) 大統領令第3項(c) (筆者注:7カ国からの移民および非移民のアメリカへの入国を90日間中止すること)
 ●(b) 大統領令第5項(a) (筆者注:国務長官は難民受入プログラムを120日間、停止すること)
 ●(c) 大統領令第5項(b)(筆者注:難民受入プログラムの再開にあたって、国務長官は宗教的迫害をベースに個人によってなされた難民申請に優先順位を付けるようにプログラムを変更すること)
 ●(d) 大統領令第5項(c) (筆者注:シリアからの難民の入国はアメリカの利害にとって極めて重要であり、移民受入プログラムが十分に変更されるまで受け入れを中止すること)
 ●(e) 大統領令第5項(e) 、本項は一部の宗教的少数派の難民申請に優先順位を付けることを意図したものである(筆者注:難民として個人のアメリカ入国を認めるかどうかは、国務長官と国土安全保障省長官がケースバイケースで決定すること)

★2. 「一時的緊急差止命令」は全国において適用され、本法廷がさらに命令を出すまで、アメリカの国境、港において、大統領令の第3項(c)、第5項(a),(b),(c),(e)の執行を禁止する。
 連邦被告人は、「一時的緊急差止命令」は係争中の州にのみ適用されるべきであると主張しているが、大統領令の部分的な執行は「統一帰化規則」と「アメリカの移民法は厳格かつ統一的に適用されるべきだ」という議会の憲法に基づく命令を損なうことになる。
★3. 連邦民事訴訟規則に基づき保証証券(security bond)は必要とされない。
★4. 最後に、本法廷は係争当事者に2017年2月6日、午後5時までに、「暫定的差止命令」を求める州政府の申立に関する訴訟事件摘要書と陳述日程を提案するように命令する。
 本法廷は、もし要請があり、必要ならば、訴訟事件摘要書を受理した後に、速やかに審理の予定を決める。

◆V. 結論

 本法廷の役割にとって本質的なことは、司法は連邦政府(federal government)の平等な権限を持つ3つの組織(branch)のひとつに過ぎないということである
(筆者注:英語で”government”というときは、日本語の「政府」ではなく、立法府、行政府、司法府の3権を含んだ全体を指す。日本語の「政府」に相当する英語は”administration”である)。
 本法廷の役割は、法律を制定したり、他の二つの府が促進しようとする特定の法律の見識(wisdom)について判断することではない。
 それはアメリカでは立法府と行政府の役割であり、最終的にこの二つの府を民主的に管理する市民の役割である。
 司法府の役割と本法廷の役割は、他の二つの府が取った行動が、国の法律、さらに重要なことは、憲法に合致しているかどうかを確認することに限定されている。
 本法廷に今日、審理を求められている限定的な論点は、本訴訟において大統領令によって執行される行動に対して「一時的緊急差止命令」を出すのが適切かどうかである。
 論点は限定的であるが、本法廷は、本命令が他の関係者、すなわち行政府とアメリカ市民と居住者に及ぼす非常に大きな影響を留意している。
 本法廷は、現状を勘案すると、3権のひとつである司法府に与えられた憲法上の役割を果たすべきであるという結論に達した。
 したがって、本法廷は、上で説明した「一時的緊急差止命令」は必要であり、州政府の申立は承認されるべきであると判断する。
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■3.連邦地方裁判所の判断をどう解釈するか

 まず正確に理解しなければならないことは、
★.本「命令」は大統領令の違憲性に言及しているわけではないことだ。
 ロバート判事は結論の部分で、裁判所の役割は限定てきであり、立法府や行政府が促進しようとしている特定の政策の見識(wisdom)を判断するものではないと書いている(この”wisdom”の訳は困ったが、「目的」「狙い」という意味合いであろう)。
 要するに政策の是非を判断するのは裁判所の役割ではないということである。
 同時に、「命令」が関係者に大きな影響を及ぼすことも留意していると書いている。
 さらにポイントは、
★.「命令」はあくまで「一時的緊急差止命令」であり、大統領令に対する判断を下しているものではない点だ。
 ワシントン州の申立を受理したことで審理が行われることは決まったが、審理の間に原告にとって
 「回復しがたい被害」が及ぶ可能性があることから、
 結審するまでの間、大統領令の執行を停止することを
 “緊急”かつ“一時的”に、
 すなわち緊急避難的な措置
で認めたのである。

 「命令」は大統領令の是非を問うているのではなく、
★.「一時的差止命令」を出すのが法律的に妥当かどうかを問うているのである。
 それは過去の判例に基づいて判断されている。
 翻訳の中では省略したが、幾つかの判例が判断の根拠としてあげられている。
 そして審理を進めるために、現地時間の2月6日、午後5時までに必要な書類を法廷に提出することを命令している。
 極論すれば、最終的に申立の内容を拒否することもありうる。
 ワシントン州の申立を読んでいないので争点(違憲性、違法性の申立をしているのか、単に差し止めを求めているだけなのか判断できない)は分からないが、
 筆者の印象ではワシントン州の申立はあくまで大統領令の執行の停止を求めたものと思われる。

 トランプ大統領にとって一時的であれ、大統領令の執行が停止されるのは政治的な敗北である。
 当然のことながら、トランプ大統領は控訴裁判所に持ち込んで「命令」の取り消しを求めるだろう。
 そこでどういう判断がくだされるか分からない。
 ワシントン州も最後まで戦う姿勢を崩しておらず、その場合、最高裁での判断を仰ぐことになる。
 筆者は「大統領令」の法的な説明を記事に書いているので参照していただきたいが、過去において最高裁が大統領令に違憲判決を下した例はある。
 日本の裁判制度と違い、最高裁の判断は即座に出る。
 とはいえ、その間、たとえ短期間でも、大統領令の執行は停止されることになる。

 「一時的緊急差止命令」について少し具体的に説明する。
 たとえば開発業者が開発にために樹木を切り倒そうとしていたとする。
 町内会は、その行為の中止を求めて、裁判所に申立をする。
 審理が始まるまでの間に開発業者が樹木を切り倒してしまうかもしれない。
 それは、今回の命令で書かれている「回復しがたい被害」となる。
 切り倒した樹木を生き返らせることはできない。
 裁判所は原告の主張が「一時的緊急差止命令」を出すための4つの条件を満たしているかを検討する。
 それは“ウィンター・テスト”として書かれている。
 申立が4つの条件を満たしている時、裁判所は「一時的緊急差止命令」を出すことができる。
 この例では、差止命令がでると、開発業者は樹木を切り倒すことはできなくなる。
 その差止命令も審理が終わるまで有効であるが、訴訟の結果次第でどうなるか分からない。
 ワシントン州の申立の場合、裁判所は差止命令を出す十分な法的根拠があると判断した。
 ただ、大統領令の妥当性そのものに言及しているわけではない。

 いずれにせよ、この問題は法廷闘争の場に移ることになる。
 トランプ政権は“衝撃と恐怖戦略(shock-and-awe strategy)”で相次いで大統領令を出すことで、国民に衝撃と恐怖を与え、一気に政策実現を図ろうとしてきた。
 最終的な司法の判断はどうなるか分からないが、ロバート判事の命令は、そうした戦略にブレーキを掛けることになったのは間違いない。

中岡望:東洋英和女学院大学大学院客員教授、ジャーナリスト
東洋英和女学院大学大学院客員教授。1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。アメリカの政治、経済、文化問題について執筆。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。ハーバード大学ケネディ政治大学院客員研究員、ハワイの東西センター・ジェファーソン・フェロー、ワシントン大学(セントルイス)客員教授。東洋英和女学院大教授、同副学長など経て現職。国際基督教大、成蹊大非常勤講師、アメリカ政治思想、日米経済論、マクロ経済を担当。著書に『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など。contact:nakaoka@pep.ne.jp



ニューズウイーク 2017年2月6日(月)19時00分 ニコラス・ロフレド、ハワード・スウェインズ

http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2017/02/4-23.php

入国禁止令、トランプ「敗訴」でひとまず混乱収拾へ

<入国禁止令を一時差し止めた連邦地裁の判断にトランプは猛反発。
取り消しを求めた控訴裁判からも却下され、突然の大統領令により世界各地で足止めを食っていた人々も無事入国し始めた。
だが、テロから国家を守るための国境管理は政府の権限だとするトランプと、国境での差別的な扱いや独断の決定は違憲という司法との戦いはこれからだ>

 米連邦控訴裁判所は4日夜、イスラム教徒が多数を占める中東・アフリカの7カ国の国民や難民の入国を一時禁止するドナルド・トランプの大統領令の一時差し止めを命じたワシントン州シアトル連邦地裁などの決定を不服として、取り消しを求めていたトランプ(米司法省)の上訴を却下した。

「大統領令の差し止めを命じた連邦地裁の仮処分を認め、控訴人の訴えを却下する」と、サンフランシスコ控訴裁が決定した。

 控訴裁は改めて審議することを決め、大統領令を違法で違憲として訴えた連邦地裁は5日深夜までに、司法省は6日午後までに、新たな証拠を提出するよう求めた。
 地裁と控訴裁の決定により、少なくとも審議中は大統領令の差し止めが続くことになり、7カ国の国民も難民もアメリカに入国できるようになった。

【参考記事】トランプvsアメリカが始まった?──イスラム教徒入国禁止令の合憲性をめぐって

 「渡米は今回が初めて。
 来週のフライトを予約していたが、裁判所の決定を聞いて前倒しした」
と、最近アメリカ人男性と結婚したイエメン国籍の女性は語った。
 5日の夜にエジプトのカイロからトルコ経由でアメリカ行きのフライトに乗ったという。

◆法の番人を侮辱

 トランプ政権は、大統領令の効力を一時停止させたシアトル連邦地裁のジェームズ・ロバート判事の3日の判決を不服として、争う姿勢を見せてきた。
 先月27日に署名した大統領令は、イスラム教徒が多数を占める7カ国の国民の入国を90日間停止し、難民の受け入れを120日間凍結、シリア難民の受け入れを無期限で停止する内容。
 トランプは4日、入国禁止を無効にした地裁の決定を批判し、法の番人に対して「判事とやら」と侮辱的な呼びかけをし、その意見は馬鹿げているツイッターで個人攻撃を連発した。

【参考記事】トランプ政権の中東敵視政策に、日本が果たせる役割

 関係省庁や旅行者への事前通知なしに発効した大統領令をめぐっては、全米で差し止め請求の訴訟が起きるなど1週間にわたって混乱が続いたが、4日の控訴裁の決定により入国管理手続きは大統領令以前の状態に戻った。
 関係省庁は同日、ロバート判事の決定に従うとした。
 国土安全保障省は、大統領令に伴う全ての措置を停止。
 国務省も声明で、対象となった7カ国で有効なビザを持つ国民は入国させると発表した。

 訴えを棄却されたトランプは、控訴裁の決定についてツイッターで、
 「誰を入国させるかさせないか、安全上の理由があっても国が決められないというのは大問題だ」
と批判。
 地裁判事のロバートも再びやり玉に挙げ、
 「国から法律執行権を奪う"判事とやら"の意見はバカげている、必ず覆されるだろう」
とツイートした。

【参考記事】難民入国一時禁止のトランプ大統領令──難民の受け入れより難民を生まない社会づくりを

 ロバートは、地元住民の
 「雇用、教育、ビジネス、家族関係や渡航の自由に、大統領令が重大な悪影響を及ぼしている」
と、判断の理由を述べた。
 ワシントン州は
 「大統領令の発令により、直ちに州に取り返しのつかない損害が出ることを証明した」
とし、大統領令は国家の安全を守るために必要な措置だとした政権側の主張を退けた。

 トランプは4日の午後、ロバートへのツイッター攻撃を再開した。
 「1人の判事が国土安全保障省の入国禁止を解いたせいで、どんなに悪い奴もアメリカに入り込めるようになるなんて、この国は一体どうなっているんだ」
 「あの判事は、テロリストになる可能性のある人間や、アメリカの利益を考えていない奴らに国境を開く。
 悪党たちがとても喜んでいる!」

 米ジョージ・ワシントン大学のジョナサン・ターリー法学部教授は、トランプの批判が、控訴裁で争うトランプ(司法省)の代理人の信頼性に傷をつける可能性があると指摘した。
 「大統領が裁判所の権威を無視するのなら、裁判所に大統領の権威を尊重してもらうのは難しい。
 それどころか多くの訴訟を引き寄せることになりかねない」
とターリーは言った。

◆入国管理は元通り

 国務省と国土安全保障省は、すでに地裁の決定に従っており、5日以降は対象国から多数の渡航者が到着する見込みと発表した。
 米政府も難民の受け入れを6日に再開する。

 イラク人のフアド・シャレフと妻と3人の子どもは、2年かけて米移民ビザを取得した。
 先週、家財をまとめてアメリカ行きのフライトに乗り継ぐはずだったが、エジプトのカイロで搭乗を拒否され、イラクへ送り返された。
 シャレフ一家は5日、トルコのイスタンブールからニューヨーク行きのトルコ航空のフライトで、無事に搭乗手続きを完了した。
 「とてもワクワクしている。すごく嬉しい」と、シャレフはロイター通信のビデオニュースで喜びを語った。
 「やっと許可が下りた。これでアメリカに入国できる」

 レバノンのイラク人難民ラナ・シャマシャ(32)は、1日に母と2人の姉妹と渡米し、デトロイトに暮らす親戚のもとへ身を寄せる予定だった。
 ところが大統領令による入国禁止の影響で、渡航中止を余儀なくされた。
 彼女は今、難民申請手続きをしてくれる国連担当者からの連絡を待っている。
 「明日と言われても、1時間以内であっても、フライトがあれば私は乗る」と、彼女はレバノンの首都ベイルートでロイターの電話取材に語った。
 荷物はバッグに詰めたままだ。「もうここには家も、仕事も、何もないから」

 ベイルート空港のある職員は、3人のシリア人家族が5日朝にヨーロッパ経由で渡米したと言った。

 エジプトの航空会社の情報筋は、4日以降に対象の7カ国から33人が、アメリカ行きのフライトに搭乗を許可されたと言った。

 イラク政府は5日、控訴裁の決定を歓迎した。
 「正しい動きだ」と、イラクのサド・ハディティ報道官はロイターに語った。
 イラクは入国禁止の対象国になった7カ国の1つ。
 紛争や暴力から逃れるイラク人にも、大統領令は影響を及ぼした。

 そして今後の法廷闘争は、アメリカにとっても世界にとっても重大な問いを含んでいる。
 法とトランプ、どちらが上か、という問いだ。



【2017年 大きな予感:世界はどう変わるか】



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