_
『
JB Press 2017.4.11(火) 用田 和仁
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/49669
強い米国がいよいよ始動、
北朝鮮問題にも着手
もはや惰眠を貪ることができなくなった日本は何をすべきか
■1 いまだ鳴りやまないトランプ大統領への誹謗・中傷
米国のマスコミの大半を敵に回したことにより、米国のマスコミの反乱は鎮まることなく、ますます声高にトランプ政権の粗探しに邁進しているようだ。
日本のマスコミも米国の大手マスコミの意見に同調して、トランプ大統領の粗探しと非難に明け暮れているように見受けられる。
しかし、その変化は、トランプ大統領一人による変化ではなく、世界を巻き込む大きな変革の潮流の変化ととらえるべきであろう。
それは端的に言うと、グローバリズムと言われたものがその真の姿を隠しながら、一部の者だけが勝者となる危険性をはらみ、国家というものが衰弱し、国民の多くが貧乏になってきていることに気づき始めたということであろう。
中国がグローバリズムの旗手だと言われても、大きな違和感がある。
英国のEU離脱がまるでアクシデントのように言われ、EUにとどまることが正義のように報道されているが、EUこそ国家としての経済施策を奪い去り、国家を疲弊させた元凶でもあることは全く報道されない。
また、EUはNATO(北大西洋条約機構)あってこその経済同盟であり、トランプ大統領が指摘しているように、核兵器を除き全くヨーロッパを席巻する軍事力を失ったロシアを敵と言わざるを得ないNATOは時代遅れである。
それでも米国にとってNATOはかけがえのないヨーロッパにおける米国の覇権の象徴であり、ヨーロッパの国々の軍事予算の倍増により、NATO自らの軍事力によってNATOを維持していくことになるだろう。
トランプ大統領の目指すものは、グローバリズムの対極にある国家の再生である。
そもそも国家とは何だったのかの大きな問いかけである。
国家とは「国民を豊かにし、国民を守り、国家に繁栄をもたらすものである」
という国家としての原点に立ち返ろうとする革命であると言っても過言ではないであろう。
決して軽薄な「孤立主義」や「保護主義」という言葉で表されるものとは異なっていることに気づくべきである。
■2 大戦略を考えているトランプ大統領
就任以来、次々に出される大統領令の適否や、政権とロシアの関係ばかりが議論されているが、大切なことが見過ごされている。
それは、ランドパワーをシーパワーが押さえ込むユーラシア大陸の海洋に接するリムランドの中核となる英国、イスラエル、日本との関係を早期に再確認し、多少の困難はあってもロシアとの関係を改善することでしっかりとした米国を中心とした覇権の態勢を再構築している点にある。
さらには、軍事政権であるタイをバラク・オバマ前大統領は非難し、関係を絶ったことで中国に追いやった大失敗から、タイとの関係改善へと方向を変換していることは、実に戦略的である。
エジプトとの関係改善も進みつつある。
残るはインドとの関係の構築だ。
3月のトランプ大統領の施政方針演説にあるように、従来の自由、民主主義、人権外交と言いながら、軍事力と軍事行動を軽視したオバマ政権と異なり、真実と自由、正義を旗印とするトランプ政権は、自由と正義にもとる中国、北朝鮮を決して許しはしないだろう。
狙いを定めた本命は、中国と北朝鮮である。
そして、通商における覇権の獲得の仕かけはすでに始まってる。
トランプ政権は、今、調整と学習の時間にあるが、いずれ政権が固まり動き始めると、軍事と通商の両輪を回し、中国と北朝鮮に向かうであろう。
そのような政権の陣容であり、
スティーブ・バノン首席戦略官・上級顧問、
ピーター・ナバロ国家通商会議ディレクター、
ジェームス・マティス国防長官、
ハーバート・マクマスター大統領補佐官(国家安全保障担当)
などは強力な実行者となると考えられる。
残念ながら、中東ではIS(イスラム国)に勝利を収めても、形を変えてテロは継続するだろうし、イスラムの恨みは消えることはないだろう。
米国の関与は一段落しても、イスラエルにとって、イランを主敵として力を結集するために中東の混乱は望むところかも知れない。
その時、日本はこの潮流の変化と米国の通商と軍事の日本に対する期待に応えられるだろうか。
トランプ政権が誕生した時に、防衛費をGDP(国内総生産)比1%以上にすることはあり得ないとさんざん言っていた人たちが、何となく1.2%や1.4%に防衛費を上げることを言い、なぜ、防衛費を上げなければならないのかを議論することをせずに、米国の装備品を爆買することが日米同盟の証だと考えている論調があることに唖然とさせられる。
日本における「空気の支配」は健在だ。
当然、筆者は従来の延長線上にはない新防衛計画の大綱の作り変えが前提であると認識している。
しかし、今回それを検討し国家の俎上に乗せるのは、国家安全保障会議(NSC)であり、従来のように自民党や与党が主導するものではない。
与党や省庁は、可能性を詰め実現できるよう政策化する本来の役割に戻るべきであろう。
3 日本の役割は明確
トランプ大統領の3月の施政方針演説の中に、短いが明確に米国が日本に期待することが述べられている。
それは、以下の発言である。
「NATO、中東、太平洋地域のいずれでも、我々のパートナーに戦略および軍事作戦で直接的で意味のある役割を果たし、コストを公正に分担することを期待する」
英国は、今後、軍事力を向上させるであろう他のNATO諸国とともにロシアに対抗する態勢を構築するであろう。
イスラエルは、中東のイスラム同士の戦いにおける混乱を背景として、イランに立ち向かうであろう。
日本は、政治的、経済的に混迷を深めていく韓国とともに、中国・北朝鮮の強力な軍事力に対抗していかなければならない。
今の韓国の状況から、日本は自らの防衛力を向上させ、米国とともに立ち向かわなければならないだろう。
相当の覚悟が必要なことは自明のことである。
コストの前に日本は、いかなる役割を担うのかをはっきりさせなければならない。
いかなる役割を担うのかは、筆者をはじめ陸海空の元自衛官が、2年前ワシントンや海軍大学を訪問し、最新の第3次相殺戦略やエアシーバトル等の本質を議論した内容にその答えがある。
トランプ大統領が言う日米の役割分担とは次の通りである。
この図にあるように、同盟国などに要求されることは、
★.まず第1に、潜り込む不正規軍による攻撃対処である。
米国でもやっとリトルブルーメンとして認識されるようになってきたが、この本質は、海上民兵や不正規軍の攻撃から、海上民兵が運搬してくる地上の正規軍までの幅がある攻撃のことである。
尖閣諸島はおろか、南西諸島全域の港湾などから上陸してくる地上軍に対応する役割は米軍ではない。
★.2つ目の同盟国によるA2/AD(Anti-Access/Area Denial=接近阻止・領域拒否)ネットワークの構築には2つの意味があり、
1つは国土防衛そのものである。
もう1つは、中国海空軍に対する列島線からの拒否力の発揮であり、直接的に米海空軍の攻撃を可能とする土俵を提供する、主として陸からの対艦攻撃であり、防空戦である。
自衛隊では、約10年前から統合運用の1つとして陸海空の統合での対艦攻撃の演習を実施してきたが、ここにきてようやく米軍も重い腰を上げそうだ。
米太平洋軍司令官のハリス大将は、今年2月の会議で
「私が今の配置を去る前に、陸軍の地上部隊が敵艦を沈める演習を見たいものだ」
「陸軍は相当な防空能力を持っており、海軍のシステムと連携させるべきである」
と言う趣旨の事を述べている。
2年前から陸上自衛隊を見習えとして米陸軍に要求されていたものが現実化し
南シナ海まで日本の「南西の壁」
が広がっていく日も近いと考えられる。
この際、航空作戦においては、生き残り、戦い続けることが前提であり、民間の飛行場も使った航空阻止作戦に重点を置くべきである。
この同盟国などの前方での防衛を前提として、エアシーバトルの作戦のエキスを柱とした「長距離打撃」と「経済封鎖を主とする長期戦」が成立する。
これらの作戦は、短期・高烈度決戦による局地戦の勝利を追求する中国に対する戦いであり、少なくとも数週間は続くという米国の見積もりである。
ここでお気づきのように、米中の作戦の考え方には時間的・空間的なズレがあり、日本にとって大きな問題を含んでいる。
また、表の真ん中にある同盟国と米国の両者に要求される抗堪力、継戦力について日本は実に貧弱である。
特にミサイルデフェンスはいくら高性能のミサイルを揃えようとも、日本全土を守ることはできず、また、弾も高額なため所要数を獲得することは難しいだろう。
一方、日本には電子戦(電波による妨害)や電磁波(電磁波により電子機器を破壊する)の優秀な基礎技術があるとともに、世界一の高出力電源の技術を有していることから、国を挙げてこれらの分野に投資をして開発・装備化し、既存のミサイルと組み合わせ、日本独自の強力なミサイルデフェンスを構築しなければならない。
このような技術力を守り国防にこそ使うべきなのに、経産省はじめ大学などは守るどころか、外国に売ることばかりを考えていることに失望している。
このような電子戦やサイバー攻撃、電磁波を使った作戦の事を、米国は盲目化作戦として、詳しくは語らないが、対中作戦の切り札の1つとしている。
さらに、ここには表現されていないが、潜水艦・機雷などを使った水中の支配作戦は、これも切り札の1つとしていることから、日本の海上防衛力も水中の支配作戦に舵を切るべきであろう。
■4 財政主導の防衛計画大綱を廃し、新たな国防作戦計画を作成すべき
これまで述べてきたように、現在の防衛計画の大綱は、その策定の在り方から変更し、明確な嘘のない日米の役割分担の下、至急構築しなければなるまい。
結果、防衛費を何%にするかは、自ずから答えが出るだろう。
筆者は、新しい国防作戦計画の性質は、「積極拒否戦略」として、本格的な防衛力を備えなければならないと考える。
この際、非核三原則の核を持ち込ませずは廃止すべきであろう。
また、専守防衛という国防を考えるうえで、あり得ない考え方は廃止すべきで、日米共同を前提とした「限定的な攻撃力」として日本も打撃力を保有すべきであろう。
米国にも、日本には本格的な軍事力を持たせないという考えが根深くあるが、日米一体となった対中戦略を日本が主体的に説明できれば、トランプ政権は必ず理解すると信じている。
』
『
Wedge 2017年4月10日 小原凡司 (東京財団研究員・元駐中国防衛駐在官)
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/9345
「米中首脳会談中のシリア攻撃」が中国に与えた衝撃
大国間のゲームルールを変えたトランプ
米海軍の攻撃は米中両首脳の会食中に開始され、トランプ大統領は会食終了間際、習近平主席に、シリアに対して軍事攻撃を実施したことを伝達した。
発射した巡航ミサイルが59発であったことに加え、アサド政権が化学兵器を使用して国際合意違反を犯した結果であるというシリア攻撃の理由も説明された。
習近平主席は、説明に対する謝意を示した上で、軍事的対応が必要だとの米側の説明に理解を示したという。
■オバマが「口だけで何もしない」ことを見切っていた中国
習近平主席を始め、中国側が受けた衝撃は大きかっただろうが、米中首脳会談の最中に米国を強く非難することはできなかった。
衝撃が大きかったのは、
シリア攻撃が「大国間のゲームのルールが変わった」ということを示した
からである。
しかもそれを、米国は米中首脳会談の期間中に、「台頭する大国」たる中国の面前で行ったのである。
オバマ大統領は、理想主義的な発言だけで、実際の行動はとらず、結果として、シリアにおける深刻な人権侵害や北朝鮮等の核兵器開発による国際社会への挑戦を拡大させることになった。
中国も、オバマ大統領が「口だけで何もしない」ことを見切って、南シナ海の軍事拠点化等を進めてきたのである。
オバマ政権は、シリア政府の化学兵器使用はレッドライン(最後の一線)だと言い、南シナ海の南沙諸島において戦闘機が離発着できる滑走路の建設がレッドラインであるかのように表現した。
「レッドラインを超えたら米国は許さない」という意味である。
しかし、レッドラインを設定すること自体、米国が「実力行使したくない」ことを示すものである。
相手は、米国が設定したレッドラインを超えない限り米国の軍事力行使を心配することなく自由に振る舞うことができ、挑戦すべき基準を明確に認識することができる。
レッドラインを少しずつ超えてみて、米国の対応を見ることができるのだ。
結局、オバマ大統領は、レッドラインを超えられても実力を行使しなかった。
理想主義だけでは理想を実現できないという典型であると言える。
■中東からはじき出される訳にいかない中国
経済的には米国に対抗できるだけのパワーがないにもかかわらず、ロシアが、シリア問題を始めとする中東の地域情勢等に大きな影響を持つのは、躊躇なく軍事力を行使するからに他ならない。
ロシアは、欧州諸国が言う「ウクライナ軍事侵攻」も実行した。
軍事的なゲームになれば、中国であっても、現段階では米国とロシア両大国に対抗することはできない。
これまでは、米国が行動しない状況下で、ロシアだけが軍事力を利用し、中国は軍事力を増強して影響力の拡大を図ることができた。
しかし、トランプ大統領は、シリアに対するミサイル攻撃を実行することによって、もはやそのようなルールで地域情勢が決まらないということを示すことになった。
米国が掲げる理念・理想に反する行為に対して、米国も躊躇なく軍事力を行使することを実行して見せたのである。
中東を始め国際社会における問題において、
米ロが軍事的ゲームを展開することになると、中国ははじき出されてしまう。
中国は、1991年の湾岸戦争を、米国が軍事力を用いて米国に有利な地域情勢を作り出すものと理解した。
そのため、中国は、自国が経済発展する際にも軍事力による保護が必要であると考え、軍事力の増強を図ってきた。
主として、空母打撃群の世界各地域への展開によってである。
中国が言う「グローバルな任務」だ。
中東は、中国にとって、「一帯一路」の地理的意義的な中心である。
中国は、中東からはじき出される訳にはいかないのだ。
現在、中国は、少なくとも2隻の空母を建造中である。
1隻は間もなく進水すると言われる。
また、「グローバルな任務」を実施するためとして、1万トンを超える大型駆逐艦も同時に建造している。
中国が、各地域に軍事プレゼンスを展開するようにする時間的目標は、2020年である。
それまでの間、すなわち、米ロに対抗できる軍事プレゼンスを示せるようになるまでは、中東においても経済的なゲームを展開し、影響力を維持しようとしてきた。
しかし、中国の軍備増強は間に合わないかもしれない。
■経済問題と北朝鮮問題をパッケージにして取引をしかけたトランプ
北朝鮮の核兵器開発問題も、米国が変えたゲームのルールに影響を受ける。
北朝鮮への軍事力行使は、金正恩委員長が平壌という都市部にいること、北朝鮮が日本や韓国へ攻撃するであろうこと等を考えれば、ハードルが高い。
それでも米国は、自国の安全が脅かされると考えれば軍事力を行使するかもしれないと、中国に危機感を抱かせた。
実際、4月9日、シンガポールを出港した空母「カールビンソン」を中心とする第1空母打撃群が朝鮮半島近海に向かっていることが明らかにされた。
北朝鮮が、国内の政治イベントに合わせて、核実験等の挑発行為を行う可能性があり、これをけん制するためである。
北朝鮮が挑発行為を強行すれば、軍事的緊張が高まる。
オバマ大統領の米国は、北朝鮮の核兵器開発に対して危機感を持ちつつも、中国に対して、口頭で圧力強化の要請をするだけであった。
中国は、表面的には米国の要請に応えているように見せつつ、実質的には北朝鮮を締め上げなくても、すぐに朝鮮半島情勢が大きく変わることはなかったのだ。
中国は、朝鮮半島に核兵器が存在することには反対だ。
朝鮮半島が統一されることになれば、経済力で圧倒的に勝る韓国主導で統一が進み、結果として米国寄りの国家が、中国の喉元に核兵器を突き付けることになりかねない。
さらに、中国指導部は、金正恩委員長に対して不快感も持っている。
それでも、厳しい対外問題を抱えたくない中国は、北朝鮮を過度に締め上げることは避けてきたのだ。
しかし、トランプ大統領は、経済問題と北朝鮮問題をパッケージにして、取引をしかけてきた。
そもそも、トランプ大統領と習近平主席が具体的な解決策について議論することはないだろうが、中国側がトランプ大統領の意図を理解するには十分な会談だっただろう。
危機感を高めた中国は、軍事衝突を避けるために、
米国との取引において何が譲歩できるのか、
北朝鮮問題を含めて考えなければならなくなっている。
しかし、中国はこのルール変更を予期していたようにも思われる。
中国が、トランプ大統領誕生直後から、この状況を理解していたかのように行動しているからだ。
中国では、日米首脳会談の前日に行われた米中首脳電話会談において、
習近平主席が米中「新型大国関係」という言葉を用いなかった
ことが話題になった。
また、軍事的ゲームからはじき出されないよう、すでに、軍事力の増強を加速し始めたのも、その一つと言える。
中国は、国際関係を大国間のゲームだと認識しているからこそ、敏感に感じ取ったのかも知れない。
■日本がやるべきこと
日本では、米国の「変化」ばかりが強調されているが、米国の各事象に対する対応が変化したわけではない。
トランプ大統領は、国益に基づいて選択的関与を鮮明にし、優先順位を明確にしただけである。
優先順位の低い問題には、とりあえず触れないということだ。
しかし、そのトランプ大統領の優先順位に変化が生じたのは確かである。
トランプ大統領に、シリア問題や北朝鮮問題が危機的な状況であると認識させ、軍事攻撃を採ることが米国の利益になると認めさせた人間が、政権の中にいるということである。
事実は、ただ存在するだけでは、人の行動に影響しない。
人は、その事象を認識して、どのように行動するかを決定するのだ。
同じ事象に遭遇しても、認識のし方によって、行動が変わるということでもある。
日本にとって、米国の軍事力行使は他人事ではない。
日本は、国際社会が、アナーキー(無政府)であり、目的追求のために軍事力が行使される現実を認識した上で、安全保障を含む日本の国益をいかに守るのかを考えなければならない。
理想を実現するために軍事力を行使することが必要であるということが事実であるとしても、何が理想であるのか、その軍事力行使が理想実現のために効果があるのか等は、常に問題である。
日本は、価値観を共有できる各国と協力するとともに、同盟国として米国との安全保障協力を強化し、トランプ政権の認識に影響を与え、こうした問題に関与しなければならないのではないだろうか。
』
『
ダイヤモンドオンライン 2016.11.17 田岡俊次:軍事ジャーナリスト
http://diamond.jp/articles/-/108204
トランプが米軍を撤退させても日本の防衛に穴は開かない
11月8日の米国大統領選挙でドナルド・トランプ氏(71)が意外な圧勝をしたことは米国民衆の現状への不満の根深さを示した。
国際情勢への無知を露呈した暴言の連発と言動の品の無さには共和党の幹部達もあきれはてて支持を取り消し、米国のメディアのほとんどがクリントン支持を表明する中、失業や貧富の格差拡大に怒る大衆は現状打破の希望を彼に託した。
これには十分な予兆があって、2011年9月から数千人がウォール街を占拠する「99%の乱」が起き全米各地に波及していた。
米国では1%の人々が資産の34.6%を握っているから、そうでない99%の人々の怒りがウォール街などでの座り込みに顕れたのだ。
米国では上位20%の人々が資産の85.1%を保有している。
過去30年間で物価高を差し引いた実質所得が向上したのは人口の5分の1の上位20%だけ、次の20%はおおむね横ばい、残りの60%は減少したのだから、ただでは済まない情勢だった。
こうなった一因はレーガン政権(1981〜89)の時代に、それまで11%〜50%だった所得税率を15%と28%の2段にしたことだ。
低所得者の税率を上げ、高所得者は減税し、「小さい政府」を唱えて福祉を削る一方、国防予算を増大した。
★.また米国では相続税が掛かるのは、
1人が残す遺産が543万ドル(5.7億円)以上の場合で、
夫婦間の相続税は無いから、
父母がそれぞれ5.7億円を子に残せば11億円以上が無税になる
と言われる。
これでは資産格差が広がるのも当然だ。
さらには生命保険金の受取りも無税だから富豪は巨額の保険を掛けたり、財団を作って資産を寄付し、子供が理事となって運用する、などの抜け道が設けられている。
トランプ氏もまさにそうした手法で不動産業の父親から資産を受け継ぎ、今年9月の「フォーブス」誌の調査では、37億ドル(約3900億円)までに増やしたが、過去18年間国税の支払いを合法的な「節税」で免れていたとも報じられている。
彼は没落する下位中産階級や白人貧困層の憎悪の対象の1人となってもおかしくないように思われる。
むしろそういう人々は「公立大学無償化」など、やや社会主義的政策を唱えた民主党のバーニー・サンダース上院議員を支持する方が筋だろうが、米国の大衆は「力強い成功者」にあこがれるのだろう。
彼は大衆の怒りを移民や自由貿易など、国外に向けて人気を博し、自分もその一員である既成勢力(エスタブリッシュメント)に挑戦する姿勢を演じて選挙では成功した。
彼の選挙戦での発言は、国際問題に無知、無関心な米国の大衆が快哉を叫ぶようなことを、脈絡もなく実現性も考えずに羅列したにすぎず、雑多な果物の切り端にワインをかけたフルーツポンチに似ている。
誇大広告だから就任すればあまり実行はできず、彼に投票した人々はいま以上に絶望しそうだ。
4年後の大統領選挙ではさらに排外的、強権的な候補者が出現しかねない、との危惧を感じずにはおれない。
■日本が100%負担をするなら米軍将兵は日本の傭兵に
日本に関してトランプ氏は
「日本は牛肉に高い関税を掛けている。
こちらも日本製品に高い関税を掛けよう」とか
「日本は不公正な貿易で米国人の職を奪っている。
安倍は殺人者だ」
「日本に駐留する米軍経費は100%日本に支払わせる。
条件によっては米軍を撤退させる」
などと叫んでいた。
これらは1980年代“ジャパン・バッシング”の時期に言われたことを蒸し返しているだけだ。
彼は日本が在日米軍関係の経費をどれ程負担しているか、全く知らないのだろう。
今年度予算で防衛省は基地労働者2万3000人余の給与1458億円、民有地の地代、周辺対策、漁業補償などに1852億円、電気・水道料金249億円、建設工事などに206億円、米海兵隊のグアム移転や厚木基地から岩国基地への空母艦機械の移転に1794億円など、5566億円を出すほか、他省庁が昨年度米軍基地がある地方自治体に出した基地交付金が388億円で合計すると5954億円になる。
その外にも国有地を無償で米軍に貸している推定地代が、地方自治体などに貸す場合の安い地代で計算しても、昨年度で1658億円で、これも含めると日本側の負担は7612億円に達する。
在日米軍の人員は昨年9月末で5万2060人だから米軍1人当たり1145万円の出費だ。
米国の在日米軍関係の支出は約55億ドル(約5800億円)で、その大部分は人件・糧食費、一部が艦艇、航空機などの燃料やそれらの維持費だ。
もし日本が100%負担をするなら、米軍将兵は日本政府から給料を貰うことになり傭兵化する。
「自衛隊の指揮下に入るのかね」との冗談も聞かれる程だ。
そもそも「日米地位協定」の24条では、日本は施設・区域(国有地)を無償で貸し、民有地なら地代を払うが、それ以外のすべての経費は「合衆国が負担する」と決まっている。
だが米国はベトナム戦争後財政難に陥り、さらにドルの価値が360円から約180円へと下落したため、基地労働者の賃金はドルでは突然2倍になり、永年勤続の日本人警備主任の給料が米軍の基地司令より高い、という珍事態も起きた。
このため日本政府は基地労働者の諸手当を肩代わりすることにし、1978年度に62億円を分担した。
その根拠を聞かれた金丸信防衛庁長官は「知り合いがお金に困っている時には思いやりを示すのが人情」と答えたため「思いやり予算」の名が付いた。
■ガイドラインズに書かれた「一義的責任」の意味
これは堤防の一穴で、米軍は次々に基地労働者の給与の全額や、水道・電気料金の負担、基地内の施設の建て替え、新築などを要求、「海兵隊に沖縄から出て行って欲しいなら移転費を出せ」とも求められ、今日の負担に膨れ上がった。
日本では「米軍に守って貰っている」との誤解が擦り込まれているから、こうした要求を安易に呑むのだが、韓国やかつての西独と異なり、実は直接日本の防衛に当たっている米軍は皆無だ。
米第7艦隊の空母1隻、巡洋艦3隻、駆逐艦8隻などは横須賀を母港とし、揚陸艦4隻、掃海艦4隻が佐世保を母港としているが、第7艦隊は西大平洋とインド洋を担当海域とし、アラビア海など各地に出勤する。
日本も裨益しているとしても、他の多くの諸国も同様だ。
沖縄の海兵隊の戦闘部隊である第31海兵遠征隊約2000人は第7艦隊の陸戦隊(第79機動部隊)として揚陸艦に乗って巡航し、騒乱の際の在留米国人の救出や災害派遣に当たり、有事には上陸部隊の先鋒となる。
沖縄を防衛しているわけではなく、そこを待機場としている。
米空軍は嘉手納に40余機、三沢に約20機の戦闘機を配備しているが、日本の防空は1959年以来、全面的に航空自衛隊が担当しており、米空軍機は中東などに交代で派遣されることも多い。
米議会では「米本土の基地に戻し、そこから出せばよい」との論も出るが、国防省当局者は
「日本が基地の維持費を出しているから、戻せばかえって高くつく」
と答弁している。
「日米防衛協力のための指針」(ガイドラインズ)は、その核心である「日本に対する武力攻撃が発生した場合」の「作戦構想」として英文では
「日本は日本国民及び領域の防衛に引き続き一義的責任(プライマリー・リスポンシビリティ)を有す。
……米軍は自衛隊の日本防衛を支援、補完する」
としている。
自衛隊は防空、弾道ミサイル防衛、周辺海域での船舶の保護、陸上攻撃の阻止、撃退などに「一義的責任」を有すると決め「必要が起れば陸上自衛隊が島の奪回作戦を行う」とする。
自衛隊が日本の防衛に「一義的責任」を負うのは当然とも言えるが、言わずもがなの語句を入れているのは、もし米軍が何もしなかった場合でも「一義的責任はそちらにあると書いてあるではないか」と言えるようにしたと考えられる。
これでは日本で「では何のために米軍に基地を貸し、莫大な補助金まで出すのか」との疑問が出るから、邦訳では「自衛隊は一義的責任を負う」の個所を「自衛隊は主体的に実施する」とごまかしている。
このガイドラインズは自衛隊がすでに日本防衛の能力と責任を持っている実態を追認したものだ。
■自暴自棄になった相手に抑止力は通用しない
もしトランプ氏が言うように米軍が撤退しても、純粋、あるいは狭義、の日本の防衛に大穴があくことはないが、攻撃能力を示して相手に攻撃をさせない「抑止」はどうなるか、も考えねばならない。
だが抑止戦略は相手が「反撃を受けるから攻撃は見合わせよう」と考える理性的判断力を持つことを前提としている。
冷戦時の米ソ間では「相手も自殺行為はすまい」との最少限度の信頼感はあったから、相互核抑止が成り立った。
北朝鮮が崩壊の渕に立ち、指導者が「死なばもろとも、ある物は使ってしまえ」と自暴自棄の心境になれば抑止は効果がない。
仮に第2次朝鮮戦争が起き、通常戦力が衰弱した北朝鮮が核ミサイルを発射するなら、まず韓国軍と在韓米軍の指揮中枢や基地、補給拠点10数個所、次いで朝鮮半島に出動する在日米軍の基地やグアム島の基地を狙う公算が大きい。
もし米軍が日本から撤退していれば、限られた数の核弾頭(当面は10数発)を横須賀、横田、佐世保、三沢、岩国、嘉手納などに向ける意味はなくなる。
もしトランプ氏が米軍を撤退させれば日本にとっては
(1)沖縄の基地問題は解消する
(2)政府は年間6000億円近い経費分担を免れる
(3)北朝鮮の核の脅威は減少する
というメリットが生じるだろう。
現実には米国はすでに冷戦終了後、欧州、韓国の駐留部隊を大幅に削減しており、財政状況や「アメリカ・ファースト」の国民感情からも、海外関与は減る方向だろう。
だがその海軍は他のすべての国の海軍が束になっても勝負にならない程の絶対的優勢だ。
米国は将来も世界的制海権を保持し、戦略的には島国である米本国の安全と国際的発言力を確保しようとするだろう。
西大平洋で制海権を保つには、横須賀、佐世保の2港および空母の入港中に艦載機が使う岩国飛行場は不可欠だ。
ハワイ、グアムは背後に工場地帯がなく、艦船の整備、修理能力に乏しい。
米海軍にとって、中国海軍は地上基地戦闘機の行動半径(約1000km)から出れば処理容易な標的でしかなく、
対潜水艦作戦能力も無きに等しい。
世界最大の貿易国である中国はインド洋、太平洋の長大な通商航路を米海軍に対抗して守ることはまず将来も不可能で、経済が拡大し、海外の資源と市場に依存すればするほど、世界的制海権を握る米国とは協調する他ない形勢だ。
米国も3兆ドル以上の外貨準備の大半をウォール街などで運用する中国からの融資、投資に依存していて、急速に拡大する中国市場の確保を目指す。
米国が将来仮に日本の海軍基地の管理権を海上自衛隊に返還しても、
米海軍がそれを利用できることは極めて重要な国益だ。
米海軍は英国、イタリア等ではその国の海軍の基地を使っている。
もしトランプ氏が「米軍を日本から撤退させるぞ」と脅すなら反対せず、「結構なお話ですな」と応じればよい。
やがて相手は「なんとか海軍だけでも置かせてほしい」と下手に出て、日本は「守ってもらっている」のではなく、タダで置いてやり、光熱費まで出している気前の良い家主の立場に立てるだろう。
トランプ氏が「米軍撤退」を言えば、それこそ日本にとって「トランプ・カード」(切り札)になる。
ただし、追随が習性となっている外務官僚や安倍首相にその度胸があれば、の話だ。
』