2017年5月8日月曜日

中国は今(2):「ブタ少将」が突然持ち上げられ始めた不思議

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JB Press 2017.5.8(月)  安田 峰俊
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/49937

中国の「ブタ少将」が突然持ち上げられ始めた不思議
祖父は毛沢東、ネタ将軍をもう笑ってはいけない
さんざんネタにされてきた毛沢東の孫はなぜいきなり賞賛され始めたのか?

 中国に『環球人物(グローバル・ピープル)』という、グローバルな人物を特集するコンセプトの国際時事誌がある。
 登場するのは、トランプ、朴槿恵、カストロといった各国の元首や、孫文や溥儀などの歴史的人物が多い。

 ただ、『環球人物』は党中央機関紙『人民日報』の傘下メディアだけに、国家元首である習近平がしばしば表紙を飾るほか、国策ドラマの主役俳優などが登場することも少なくない。
 特に中国国内の存命人物が特集される場合は、党中央から政治的に正しいと認定され、政策的に後押しをしたいという意図を反映している場合が多いようだ。

 今年4月、そんな『環球人物』誌の表紙を意外な人物が飾った(下の写真)。
 毛新宇(もうしんう)、すなわち新中国建国の父である毛沢東の男系唯一の孫である。


●『環球人物』。毛新宇が登場したのは20174月1日号(右)である。
(*配信先のサイトでこの記事をお読みの方はこちらで本記事の図版をご覧いただけます。http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/49937)

 党中央党校の修士号と中国軍事科学院の博士号を持ち、2008年には全国政治協商会議(日本の参議院に相当)の議員に就任、2010年には40歳にして当時の中国で最も若い少将に任官するという、華やかな政治経歴と軍歴で知られる「エリート将官」だ。

■いじられ続けてきた「ブタ少将

 もっとも、この毛新宇は従来、中国のネット世論上で有数の愛されキャラとして知られてきた。
 理由は彼の華やかな経歴ゆえではない。
 ストイックな革命戦士の子孫にしてはユーモラスすぎる外見と、メディアの取材を受けた際に発する独特の“カンピューター”発言の数々に加えて、書法家としても知られた毛沢東の子孫とは思えないほど個性的な文字を書く点がネタとしてバカ受けしていたためである。



 中国のネット上において、毛新宇はしばしばネタにされてきた。
 有名なところでは、2010年12月にフェニックステレビのインタビューを受けた際の以下の動画が秀逸だ。


●毛新宇谈住房问题

 当時、私は毛新宇ウォッチャーの1人としてこのインタビュー内容を意訳したことがあるので、一部を以下に紹介しておこう。


*  *  *  *

インタビュアー:
 現代社会にはさまざまな問題があります。特に20~30代の若者が非常に関心を持っている、例えば不動産価格の高騰といった問題についてですね、閣下は平時よりご関心をお持ちになっておられるのでしょうか。

毛新宇:
 あーん、うーむ・・・。
 不動産となあ・・・。
 いや、実のところを言うと、自分はこの手の話にはあんまり詳しくないのだなあ。わははは。

インタビュアー:
 そうですか。

毛新宇:
 まあ不動産について言うなら、こういうことは重視するべきではないこともないのではないかな。うん。

インタビュアー:
 あの、『カタツムリの家』という中国の人気ドラマをご覧になったことはございますか?

毛新宇:
 あーん、見たことないなあ。

インタビュアー:
 はあ。

毛新宇:
 あーん、しかしだな、不動産の問題とはいわゆる1つの現実的な問題だと思うし、いわゆる1つの気づきのようなものを自分に与えてくれるなあ。
 自分はだね、
 教育問題と生態環境問題と国防軍隊の建設問題と企業の発展問題に興味を持っているわけだが、今後は君が指摘してくれた例のあの、民生の方面についてもだね
 実のところ自分はこの問題について強調しておきたいことがあるのだよ。
 ええと、民生の方面ではやはり医療問題を重視するべきだと思うね。
 医療と不動産こそ、民生の方面で特に重要な二大問題だ。

インタビュアー:
 ええ、最近は「房奴(=不動産奴隷)」という言葉も非常に流行していますね。

毛新宇:
 そうだなあ・・・。
 いわゆる1つの不動産、いわゆる1つの医療がだね、最も現実的で困ったことなのだよ。

インタビュアー:
 はあ。

毛新宇:
 特に両者を比べると、やっぱり医療の問題が重要なんだがね。
 だって、人間の健康に関わるからな。

インタビュアー:
 閣下は不動産については・・・。

毛新宇:
 医療の問題というのはいわゆる1つの、つまり薬代の問題だよ。
 薬ね。
 薬代の問題。
 まあ実のところ医療と教育の問題というのはだな、やはりいわゆる、1つのまあカネの問題からは不可分の問題だなあ。
 病院に行ってもカネがかかる。
 特に、やはり薬代の問題だ。

インタビュアー:
 はあ、ははは・・・。

*  *  *  *

 彼の個性について大体ご理解をいただけたかと思う。
 ゆえに従来、中国のネット上では毛新宇をネタにした数多くのコラージュ画像や爆笑動画が数多く作られてきた。
 あだ名はずばり「ブタ少将」である。

 上記のフェニックステレビのインタビュアーの姿勢からも分かるように、2010年代の前半ごろまではネット世論のみならず政府系の正規メディアですらも、彼を小馬鹿にしたような報じ方が目立った。

 「エリート将官」毛新宇の華やかな学歴や肩書きは、彼の血筋に敬意を払った中国政府による一種の恩恵処置にすぎない。
 従来、毛新宇が本当にそのキャリアにふさわしい能力の持ち主だと思っていた中国人は、きっと彼本人をのぞけば世界に誰一人としていなかったことだろう。

■表紙を飾りベタ褒めという異常事態

 それゆえに、今年4月の『環球人物』で毛新宇が巻頭18ページを使って特集されて表紙を飾ったのは、通常ならば到底ありえない異常事態だった。
 しかも、記事の内容は一貫してベタ褒め調であり、従来のようなネタ扱いはまったくなされていない。
 例えば冒頭のリードは以下のような文面である。

 “毛新宇は中国人民解放軍軍事科学院軍事戦略研究部の副部長であり、少将でもあり、また部隊を率いつつ科学研究をおこなう学者でもある。
 学術研究と政治協商会議の調査研究のことを語りだせば、彼は常に理路整然としており、話は滔々として絶えることがない。
 もちろん、記者と彼との何回かの面談では、話の内容は彼の学問と職務のみにとどまらず、彼の家庭と生活にも及んだ。
 話題が祖父(注.毛沢東)や両親・伯父(注.毛沢東の長男・毛岸英)のことに及ぶたび、彼の談話は深い情緒で満たされた”

 本物の毛新宇が「常に理路整然と」話をする人物か否かは、先に引用したインタビュー内容を一見しただけでも明らかだろう。

 おまけに毛新宇は、普段の『環球人物』で特集が組まれている「グローバル人材」の政治家や企業家と比べて、能力や政治的な地位・人望などのいずれの面も比較にすらならない。
 なんせ公人としての彼は、『爺爺激励我成長(祖父は私の成長を応援してくれた)』といった一連の毛沢東関連書籍の刊行や、同様の内容の講演ぐらいしか業績がないのだ。

 『環球人物』の今回の特集がいかに不自然か、すでにおわかりいただけたかと思う。

■突然の賞賛報道が意味するもの

 今回、毛新宇がやたらに持ち上げられはじめた背景の1つは、やはり
★.習近平体制の成立後の中国における、イデオロギー面での締め付けが関係している
と思われる。
 そもそも従来の中国における「毛新宇いじり」は、当局による言論統制環境がユルみ、婉曲な形さえ取ればネット世論やメディアが政府批判をかなり活発に行うことができた胡錦濤政権時代(2003~2013年)ならではの出来事だったと見ていい。
 だが、毛沢東の縁者をお笑いのネタにする行為は、ひいては中国共産党・人民解放軍の権威や紅二代(革命元勲の師弟、習近平もこれに属する)の名誉を傷付ける。
 ゆえに現在のおカタい習近平政権のもとでは、彼をバカにするのはまかりならぬというわけである。

 また、記事からはもう1つの怪しいメッセージも読み取れなくはない。
★.キーワードは朝鮮戦争だ。
 かつて中国は北朝鮮を援助して朝鮮戦争を戦い、中国国内でこの戦争は「抗美援朝戦争」(「美」はアメリカの意)と呼ばれている。
 毛沢東の長男で、毛新宇の伯父にあたる毛岸英がこの戦争に従軍・戦死したいわくつきの戦争でもある。

 『環球人物』の毛新宇特集は、朝鮮戦争についてしばしば言及している。
 毛新宇が1986年に他の高級幹部の朝鮮戦争戦死者遺族とともに北朝鮮を初訪問したこと、このときと1990年に金日成に2度会ったこと、従来の訪朝経験は5回あって最新の訪朝は2010年であることなどを記しているほか、毛岸英の戦死についても再三紹介している。

 北朝鮮の核危機の進展と中朝関係の悪化が伝えられる現在、わざわざ毛沢東の孫の口から、北朝鮮の建国時に中国が払った犠牲や中国側が売りつけた恩義、往年の金日成とのつながりについて詳しく語らせたのは、やはり中国当局による国内向けの一種のメッセージが含まれていると見るべきだろう。

 5月3日、北朝鮮の朝鮮中央通信は「敵対勢力(=アメリカ)とぐるになっている」と中国を名指しで批判する異例の主張を行った。
 今後、中朝関係のさらなる悪化や局地的な軍事衝突が発生した場合に備えて、中国当局が「恩知らずの北朝鮮」という国内向けの宣伝を展開していく小さな布石の1つであったと考えてもいい。

 従来は中国ネット世論の「楽しいおもちゃ」だったネタ将軍が、最近になってシャレにしづらい政治的な意味を担わされはじめたのは、個人的には実に世知辛い思いがする。
 面白がって大爆笑するしかないネタなのに「笑ってはいけない」。
 そんな近年の中国のイデオロギーの締め付けを反映する話だと言えるのではないだろうか。